「なにやってるんですか!あんたっ!!」
べっちょりとついた鮮やかな青の洪水に、目眩がした。
「なにを・・・しているんですか」
額に青筋を立てながら、深々とため息をつく。目の前には、無理矢理正座させられた1匹の大型犬。もとい、太陽の光の髪を持つ青年――アルフレッドがふくれっ面で横を向いて座っていた。
「こんな・・・」
続けようとした言葉は目の前の惨状に思わず途切れる。
改めて周囲を見回して、その代わりに深いため息が出た。
さんざん強請られていたバレンタインのチョコレートをわざわざ持ってきたというのに、何故自分は今こんなことをしているのだろう。彼の舌に合うように特別甘くしたチョコレートケーキ。きっと、自分なら一口で飽きてしまうようなその味付けを収得してきたのはつい最近だ。自分の好みは、もっとビターで後味のさっぱりしたものなのに。制作過程の臭いだけでウンザリしてしまいそうなものをそれでも作ってはるばる届けに来たのは、口ではなんと言おうともやはり自分もこのわがままな年下のことを大切な恋人だと思っているからだろう。
あぁ、なのにどうして。何故自分は、そんな相手にこうしてこんな日に説教をしなくてはいけないんだろうか。
「だって・・・」
年下の理解不能な恋人は、反省したそぶりもなく不機嫌な声を出す。
なんでと問いつつも、彼がこんなことをした理由を菊はおおよそ察していた。
ただ、その思考に至る過程が理解できなかっただけで。
「だって・・菊にどうしても青い薔薇をあげたくて」
「それで、これですか・・」
あぁ、やっぱり。と頭を抱えたくなった。
ビニールシートの上に広がった白い薔薇と青いペンキ。半分以上の薔薇はもうすでにペンキの餌食になり可哀想にぐったりとしている。
バレンタインにチョコ菓子を持っていくことを了承した時、きらきらといたずらっ子のように目を輝かせてじゃあ俺はとびっきりのものを菊にプレゼントするよ!と言ってきた彼の笑顔が脳裏によみがえった。あの時は純粋に、楽しみですと言ったのだがそれが間違っていたのだろうか。
「青い薔薇ならあるじゃないですか」
数年前、品種改良された奇跡の薔薇。
市場にはいまだ出回っていないが、この相手の力を持ってすれば花束を作ることくらいの数を手に入れるなんてことも可能なのではないかと思う。
「あんな薄い色じゃなくて、もっと青い薔薇が欲しかったんだ!」
あぁ、そうですか。あれだってわが国の努力と英知の結晶なのだけれども、どうもお気に召さなかったらしい。
だから塗るのか、この子どもは。
富士山を赤く染めるとか言ってたときも方法はペンキだったなぁとか昔のことを思い出してしまった。そうか、へたしたらこの人は本気で実行するつもりだったのか。あれを。
それならば造花か最近出回り始めたオランダ生まれのブルーローズでいいじゃないかと思う。あれだって立派な青い薔薇じゃないか。
これだからこの子どもの思考回路は理解できないと、何度目かのため息が出た。
「でも、こんなのはやめてくださいね」
「なんで!?」
「花が可哀想です」
菊には珍しい、きっぱりとした声音。
まだらに塗られた白い薔薇は、ぐったりとしている。これではもう、水につけてもあまり保たないだろう。
「せっかくきれいに咲いていたのに・・・」
手にペンキが付くこともいとわず、そっとしおれかけた薔薇を手に取る菊に、アルフレッドは少しだけ肩を落とす。
「・・・・ごめん」
「もう、こんなことはしないでくださいね」
そう言えば、うなだれていた頭が小さくこくりと頷いた。
こういうところは可愛いのに。
「なんで、青い薔薇なのですか?」
そう尋ねながらも、菊は珍しいものだからかな。と思う。
特別というのが何よりも好きだから、手に入らない青い薔薇は何よりもこの子の好奇心を誘ったのだろう。
けれども、
「だって、青い薔薇の花言葉は奇跡なんだろう?あの青い薔薇が出る前は、不可能の代名詞だったのに。菊は特別だから、不可能を可能にした奇跡を俺の手で菊にあげたかったんだ」
純粋な曇りのない視線に、思わず目を見開いた。
あぁ・・・・やっぱり、この子の思考回路は理解できない。
けれどもきっと、その言葉が自分にとっては何物にも変えがたい彼からの贈り物なのだということを、目の前の子供だって理解はしないのだろう。
「次はちゃんと、青い薔薇を作って菊にあげるからね」
南国の海のように真っ青な薔薇を。
にっこりと笑う彼の笑顔は自信に満ちていて。
成功しないなんてありえない。そう言っているようだった。
自信家で傲慢で。・・・なのに、憎めない。
「・・・・楽しみにしています」
あぁ、不可能だって思わないなんて自分も彼に染められてしまっているのだろうか。
遠い未来で待つ、青い薔薇のように。
HAPPY VALENTAIN !!