お付き合いをしていただけませんか?

 

 

 そう言った黒髪の東洋の島国の真意が読めずに、けれども断る理由がなかったからいいよ。と答えた。

 けど・・・大切になんて、出来ないと思うよ?  

 そう言ったら、柔らかな笑顔とともに分かっていますと答えられた。  

 愛はそこら辺に振りまくけれども、多分俺は一人には執着できないし、深い愛を与えることもできない。  

 そんな愛し方を知っている俺の周りの国のやつらならともかく、慣習も考え方も違う東の島国にそれが本当に分かっているとは思えなかった。  

 少なくとも、彼が俺を知っている以上に俺は彼のことを知っているつもりだったから。  

 唯一の相手に、ただひたむきな思いを寄せる彼らの恋の仕方は自分にはきっと真似は出来ない。  

 なのに、彼は笑う。いいんです。それで。  

 だから、あなたがいいんです・・・と。  

 予想外の言葉に、けれどもその言葉と自分に向けられるまなざしで俺は彼の意図を理解した。  

 なるほど。自分が思っていた以上に、彼は自分に近い存在なのだろう。だから、彼の申し出に了承した。  

 お付き合いしましょ?大人の、干渉しないお付き合いを。  

 特別な一人は作らない。俺に好意を寄せてくれる相手は誰だって好き。可愛いものもきれいなものもすべて愛している。  

 だから、菊もそのうちのひとつ。  

 それでいいはずなのに。

   

 最近、少し自分はおかしい。

   

 ずっと代わらなかったスタンスが、いやおうなく崩されるのを感じる。ゆらりゆらりと、あらがえぬままに・・・。  

 あぁ、ほらまた。  

 ぞわりと、下っ腹のあたりからどろりとした感情がこみ上げてくる。

 たとえばそう、今だって。  

 じっと見つめた視線の先には、小さな黒い人物を中心にちょっとした一塊ができていた。そこから視線を逸らすことなく、かといってそれに近づくことなくただひたすら彼らの様子に視線を向ける。  

 喉元までこみ上げてくる重い塊がほら、また。  

 ルートヴィヒが、菊の髪をくしゃりと撫でる。  

 (黒い重たい色のわりに指を通り抜けるさわり心地のいい髪が)  

 フェリシアーノが、後ろから菊の身体を抱きしめる。  

 (腕の中にすっぽりと納まってしまう小さな体が)  

 アルフレッドが、フェリシアーノから奪うように菊の肩を抱き寄せて。  

 (掴んだら、潰してしまいそうな肩には俺の付けた跡があるはずなのに)  

 困り果てた顔をした菊を、アルフレッドからアーサーがその手首を掴んで助け出すように自分のほうへと寄せた。  

 (その手は数時間前まで、俺の背中に回っていたはずの手だっ!)  

 大切なものは作りたくない。  

 だって、作ってもいつかは消えてしまう。  

 長い長い間生きてきて。俺も、菊も。聞かないし言わないけれども無くしたくないものを亡くして生きてきた。  

 それでも、一人でいるのは寂しすぎるから。時折、誰かのぬくもりを求めたくなってしますから。だから俺たちは抱き合う。  

 それは利害が一致しただけの関係。菊のことは嫌いではない。たぶんきっと、お互いに好きだ。けれども、失っても生きて行けないわけじゃない。

 特別でないものならば、なくなったってこれ以上の傷を広げることはないからだから安心してお互いに傍にいれる。  

 ・・・・・はずなのに。  

 目を閉じる。  

 目の前の光景を見ないように。自分の心にふたをするように。  

 それでも溢れてくる気持ちに、気付かないフリをするために。  

 もう少し、もう少しだけ。見ないフリをさせてくれ。  

 瞳を開きながら顔を上げれば、ちょうどこちらを向いた菊と目が合った。アルフレッドとアーサーがいい合いをしている間で困ったような笑みをこちらへと向ける。  

 それだけで、先ほどまでの行き場のない締め付けられる感情がどこかへ消えた気がした。  

 もう少しだけ、もう少しだけ。  

 

   

 手遅れなのは、もう分かっていたけれども。