青々と茂る草のにおいがする。
空は、雲ひとつないどこまでも続くような青色が広く広く覆っていた。
平原を見下ろすことのできる高台の木陰に私の目的はあった。草むらを寝床の代わりにして、心地のよい午睡をむさぼっているかのような男に。
ここは、男のお気に入りの場所だ。何かに付けて彼はこの場所を訪れているが、それを知る者は少ないだろう。もしかしたら、私の他にはいないかもしれない。
だから、多くの家臣が必死で探し回っている男を一番最初に見つけることができたのが私だったのも必然というものだ。
「探しましたよ」
木の柔らかい陰が、彼の体を覆っている。穏やかに閉じられたまぶたは深い眠りについているかのようにも見えた。
「みな、あなたのことを探しています」
けれど構わず、私は言葉を続ける。
「あなたが見つかろうが見つからまいがどうでもいいですけど、皆さん何故かそろって私の所に入れ替わり立ち代りあなたの行方を聞きにくるんで、正直そろそろ迷惑してるんですけど」
慌てたように私のうちの戸を叩く彼の従者の顔は、見ていて哀れに思えるほど疲弊していた。けれど、それも仕方のないことだろう、何故ならばこの男が暢気にこんな時にこんな場所にいるなど、前代未聞のことなのだから。
先日、彼の父が亡くなった。今頃城では、葬儀の準備が執り行われているはずだ。
なのに、それを取り仕切るはずの男がこんなところでゴロゴロとしているのだから。
こんな姿を彼を慕う家臣が見たら、大仰に嘆くことだろう。父親の死にも一切心を乱された様もなく、いつもと変わらぬ風に自堕落に過ごす。情のない男だと、蔑まれてもおかしくはない。
けれど。
私は知っていた。この、平素と同じように空を見上げている男が、実は底の見えぬほどの深い悲しみに囚われているということを。
「泣いたらどうですか」
そう言えば、男はようやくうっすらと閉じていた目を開けた。その瞳には剣呑な光が宿っている。私の言葉が気に入らなかったのだろう。
けれど、彼の口からはいつものような憎まれ口が出ることはなかった。
こちらを睨めつけただけで、空へと視線を戻してしまう。今度は目を閉じることはなかったが、空を見上げたままこの場を動く気配は微塵とも感じられない。
強情な男に、思わず嘆息した。
こうなってしまえば、きっとこの男は意地でも涙を流すなんてことはしないだろう。本当は、人目もはばからず泣き喚きたいはずなのに。
不器用な男だ。と思う。
自分勝手に生きているくせに、こういうときだけ素直になることができない。
微動だにしない男を数刻見下ろし、きびすを反す。これ以上、ここにいる用はない。
「・・・・行くのか」
数歩足を踏み出したところで、後ろから男の声がした。
男にしては珍しく、丘を駆ける風に浚われそうなくらいかすかな声が。
「行って欲しくないんですか?」
そう聞けば答えを拒絶するように、ごろりとこちらに背を向けた。
まるで、俄然ない子供のようだ。
「行きませんよ」
彼に気付かれないようにため息をつき、その隣に腰を下ろした。
眼下に見下ろす土地は、恐らく彼が治めることになる私の一部だ。
うつけを装っていても、きっと彼はその勢力を大きく伸ばす城主になることだろう。
強い光が、その道の先を示している。
「我侭」
「お前は俺のものだ。どう扱おうが俺の勝手だ」
「誰がそんなこと了承したんですか。勝手に決めないでください」
「俺がそう決めた」
だから、否定は許さないと言うように彼は強い視線を向けてくる。
その身勝手さにため息が出た。
それを肯定するつもりはないし、今の私の主は彼ではないのは事実だ。
けれども、彼の従者に泣きつかれたというばかりではなく、わざわざここに足を運んでしまったのは・・・
空は、彼の心情とは無縁に晴れやかに広がっている。
「いい天気だ」
「そうですね」
私が今いる場所はここではないのかもしれない。少なくとも、主はこのことにいい顔はしないであろう。けど、彼の悲しみのために今だけは共にいようと思う心を許して欲しい。
そんな私たちから遠ざかるように、小さな燕が高い空を横切っていく。
遠く遠く、澄んだ高い空を。