「・・・アーサーさん?」
目の前にある、とてもいい笑顔のアーサーに菊はどうしたものかと首をかしげる。
「さぁっ!」
手の中にあるのは、黒くて太くて長い物体。
それを握りしめ、アーサーは言うのだ。さぁ!くわえてみてくれ、と。
「いきなり・・また・・・」
思わずため息を飲み込む。言いたいことは分かる。
彼がなにを望んでいるのかも。
それが分かってしまった時点でだいぶ毒されているなぁと思い、さらに何で私はこの人とつき合っているのだろうと思わず根本的な疑問が沸いてきた。
今更だけど。
「どこで知ったんですか。恵方巻きなんて」
アーサーの手の中にあった黒くて太くて長い物体。
それは別に決して卑猥なものではなくれっきとした食べ物。恵方巻きであった。
「やっぱり日本の伝統的な行事は知っておくべきだと思うんだ!」
菊は見逃さない。
恵方巻きを掴むその反対側の手の中に、鈍色に光るデジタルカメラがあることを。
(あれ確か・・動画も撮れる奴でしたねぇ)
思わず、遠い目をしたくなった。
記録にまで残す気ですか。
「アーサーさん、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
どうしようもないなぁと思いつつ、その場にアーサーを残したまま台所に向かう。棚の中を漁り、目当てのものを取り出すと菊はきびすを返した。
別に、恵方巻きを食べるのがいやなわけではない。
けれどもそれを記録に残そうとする行動や、さらにはその後に自分の身に起こり得るであろう災厄を考えれば、今の内に手を打っておいた方がいいだろうとは、アーサーとの短くないつきあいで学んだことだった。
おまたせしました、と言えばこの後の展開に思いを馳せていたのだろうアーサーが押さえ切れない笑顔で振り向いた。
「アーサーさん」
片手に袋を持ちながら、菊はアーサーの名前を呼ぶ。
「恵方巻きは確かに日本の伝統行事ではありますが、もともとは一地方のものなんです。全国的に広まったのはごく最近なんですよ」
ふうん、と興味なさげにアーサーが相づちを打つ。
「それでですね」
袋の中に手を突っ込み、その中のものを一掴み握り込む。
「節分には、恵方巻きの他にもう一つ。もっとポピュラーな行事があるんですよ?」
「え・・・?きっ、菊・・・?」
先ほどの困惑しきった顔と対照的な、にっこりと満面の笑みを浮かべた菊の顔。
そのきれいな笑顔に、なぜか恐ろしい迫力を感じ、アーサーは思わず後ずさった。
菊の手の中に収まっていた豆が、力を加えられたのかじゃりっといやな音をたてる。
そして菊は、とてもとてもきれいな笑みを深めながらアーサーに告げた。
「豆まきって・・・ご存じですか?」