「「sasso carta forbice!!」」

 

 

 

 つの手がリズミカルに横に振られ、最後の単語と共に決まった形をお互いに差し出す。

 その結果を見ながら、日本は内心でやっぱりと、片方に向かって同情したようなため息をついた。

 「わぁーいっ!俺の勝ちーっ!」

 飛び上がって喜ぶ旧友の隣で、同じような顔が身体を震わせて悔しがっている。嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるアホ毛とは対照的に、くるんと丸まったそれはどこかへにゃんとしおれているようにも見えた。

 「く・・・そぉ・・・っ!なんでいっつもsasso carta forbiceだと負けんだよちくしょー・・・っ!」

 sassoは石、cartaは紙でforbiceははさみと、日本でよくやるじゃんけんと同じ形式のものらしい。

 「bim bum banで勝負しろよっ!」

 bim bum banは最初に2人のどこらが偶数か奇数か決め、1から5までの数字を指で示し、出た指の合計がどちらかで勝敗をきめるというイタリアでよく使われるじゃんけんのようなものだ。教えてもらった当初は混乱したものの、掛け声と同時に親指を立てて数を当てる遊びと同じだと思えば分からなくもない。

 それでもまぁ、やはり慣れているのはじゃんけんのほうだと日本は思う。

 「だめだよーっ。だってここは日本のうちだもん。だから、日本と同じsasso carta forbice」

 だからといって、別にそんなことを強要した覚えはないのだけれども、ヴェネチアーノは日本のうちに来ると必ずこの主張を繰り返した。主に、ロマーノに向かって。

 畳の上に置いたお気に入りの座布団の上で正座をしながらその様子を眺めていた日本は、ちらりとじゃんけんで勝利を収めたヴェネチアーノに視線を向ける。

 視線が合う。

 その視線の意味を知っているであろうに、ヴェネチアーノは日本に向けて邪気のない笑顔を向けて見せた。

 (言うな・・・ってことなのでしょうけど)

 こうして二人が自分の前でじゃんけんをする行為は今日がはじめてではない。何度か彼らは自分の前で、あることを巡ってじゃんけんを繰り返している。

 別にたいしたことではないのだけれども、彼らは毎回真剣だ。白旗を上げて逃げるのが得意な彼らが、これに関しては本気で向かい合う。

 シエスタ中の、日本の膝枕の取り合いというじゃんけん勝負においては。  

 「じゃあ、今日も俺はここーっ!」  

 そう言って、ヴェネチアーノは正座をした日本の膝に飛びつくようにダイブした。今日も日本の膝は、じゃんけんに勝ったヴェネチアーノのものである。

 「ちぎぃ・・っ」

 心底悔しそうに見ているロマーノと、嬉しそうなヴェネチアーノに日本は毎度のようにため息をついた。こんなじじいの膝なんか、取り合わなくてもいいだろうにと。

 「日本、いい匂いがするーっ」

 シエスタの勝負にいつも必ず勝つヴェネチアーノ。それが、運の強さだとか勘のよさだとかそういう曖昧なものではないことを日本は知っている。

 (教えてあげたほうがいいんでしょうか)

 すっかりふててしまったロマーノを、日本はちらりと横目で見た。

 たぶん、日本がじゃんけんしたとしてもきっとロマーノには勝てるだろう。だって、それだけのヒントを彼自身が出しているのだから。

 (見ている分には、可愛いんですけど)

 その様子を思い返しながら、日本はくすりと思わず笑みを零した。

 ロマーノには癖がある。

 何度かじゃんけんの様子を見ていて気付いたのだが、ロマーノはこぶしを作るのに力が入るのか、グーを出す直前にくるんの丸みがきゅっと縮まるのだ。まるで、グーの手の形と同じように。

 じゃんけんにおいて、それは致命的な欠点。

 (いつになったら、ロマーノくんは気付くのでしょうかねぇ)

 それを、ヴェネチアーノは知っている。だから、じゃんけんでヴェネチアーノが負けることはないしbim bum banではなくsasso carta forbiceを指定するのだ。

 本当は教えてあげたいけれども、きっと教えたらヴェネチアーノが悲しそうな顔をするであろうこと分かっている日本としてはそれもなんだか忍びない。それが、ヴェネチアーノの作戦だと分かっていても愛玩しているものに日本はとことん弱いのだ。

 (でも、やっぱり不公平ですよね)

 ロマーノの癖に気付いてから、2人のじゃんけんを目にするたびに視線でヴェネチアーノは日本に内緒だよ、と秘密を持ちかけてくる。だから、そのことについては言えないのだけれども・・・・

 (今度、こっそり教えてあげましょう)

 実はヴェネチアーノがじゃんけんでチョキを出す時に、くるんが2回ぴょこぴょこと跳ねることを。

 結局日本はどちらに対しても甲乙つけがたいくらい甘いのだ。

 「じゃあ、俺が寝るまで頭なでてろっ!」

 膝枕を諦めたらしく、ころんと膝の近くに転がって妥協案を提示するロマーノに、はいはいと苦笑する。

 「えーっ!俺も俺もーっ!」

 膝を陣取ったまま、子供のように手を伸ばして主張するヴェネチアーノにも同じように返事をしながら、どんどんこの二人に甘くなっていく自分を日本は苦笑する。

 ヴェネチアーノもロマーノも大切。日本はどちらかなんて選べないし、選ぶことなんか考えてない。どちらも同じだけ可愛くて、同じだけ大事で同じだけ大好きで・・・・。

 それは日本は気付かない、残酷で幸せな時間。

 

 

 「日本、大好きーっ!」

 「俺もだ、コノヤローっ!」

 

 

 そんなこと、ヴェネチアーノもロマーノもとっくの昔に知っているけれども。