なんとか狩沢と遊馬崎から逃れ、サイモンという変わったロシア人のすし屋に偶然出会った帝人は非常に機嫌がよさそうで、その様子を見ながら正臣も自然と口角が上がる。
地元では出会えないような人と話せたからだろう。
帝人が幸せなら自分も幸せになれるのだという昔と同じ感情が、正臣の中にわきあがる。変らない、と正臣は思う。結局自分は、そこから変ることができないのだ。
やっぱり、帝人がこっちに来てよかった。本当はこの都会にでてくることを心配していた。人の多い都会での生活は、帝人の目的を妨害するものではないかと。
でも、と正臣は思う。
来てくれてよかった。また、隣を笑いながら歩けるようになってよかった。
自分のエゴであるけれども、やはり帝人が近くにいるという幸せを再び手に入れたことを正臣は今かみ締めていた。
だが、その気分は次の瞬間ある人物によって吹き飛ばされる。
「やあ」
背後からかけられた覚えのある声に、正臣の肩がぴくりと震えた。
「久しぶりだね、紀田正臣君」
正臣の足が止まる。それにあわせて、帝人も足を止めた。
男が立っている。スタイルのいい全身のほとんどを、黒で覆いつくした男だ。同じ男性から見てうらやむような整った顔立ちは、うっすらと笑みを浮かべていた。
折原臨也。
その顔を、正臣はとてもとてもよく知っていた。決して、二度と会いたくないと思うくらいには。
引きつったような正臣の横顔を帝人は見つめる。そこには、先ほどまでの幸福そうな表情はない。
「あ・・・ああ・・・どうも」
「その制服、来良学園のだねぇ。あそこに入れたんだ。今日入学式?おめでとう」
「え、ええ。おかげさまで」
「俺は何もしてないよ」
会話はたんたんと続く。まるで他人事のように。口を開くごとに、息が苦しくなるのを正臣は感じていた。咥内が乾く。だが、それを相手に悟らせたいとも思わなかった。たった一つでも、弱みを見せてはいけないと過去の自分が叫ぶ。
「珍しいっすね、池袋にいるなんて・・・」
「ああ、ちょっと友達と会う予定があってね。そっちの子は?」
ぎくりとした。
臨也の視線が、正臣の隣に向けられる。
「あ、こいつはただの友達です」
帝人の話では、臨也はもう帝人の存在を知っている可能性がある。ダラーズに興味を持った臨也が、竜ヶ峰帝人という存在に行き当たっていないとは思えなかった。先日は冗談のように流しはしたが、臨也の
その、覚悟はしていたのに。
新宿いるものと思って油断していた自分が否めない。
こうして、直接臨也と帝人が出会うのを見ると心臓が凍る。このまま、帝人の存在を流してくれればいい。そう思っての言葉だったのに。
そしてそんな願いほど、かなわないものなのだ。
臨也の視線が帝人に向く。かみ締めそうになった奥歯を、正臣は必死で抑える。
「俺は折原臨也。よろしく」
「竜ヶ峰帝人です」
「帝人くん」
転がすように名前を復唱するさまでさえ、不快だった。
「そうか、紀田くんの友達とは思えないね」
「そうですか?」
「うん。思っていた以上にきれいだ」
「・・・・」
帝人の眉が訝しげに寄る。しかし、そんなものを意に介した様子もなく、臨也はにっこりと笑った。決して、笑っていない瞳で、楽しそうな色の光だけを宿しながら。
まるで、最高のおもちゃを見つけたような。
「・・・っ!!」
たまらず正臣が口を開いたタイミングで、臨也はふっと会話の終わりを告げるように片手を上げた。
「じゃあ、そろそろ待ち合わせの時間だから」
来た時と同じように、唐突に去っていく後ろ姿に、正臣はつばを吐きかけたい気持ちでいっぱいだった。
「あれが、臨也さんなんだ」
ぽつりと、帝人が言葉を落とす。
「おう・・」
沈黙が落ちた。過ぎていく雑踏の音だけが、2人の間を過ぎていく。
「正臣」
帝人が、正臣の名前を呼ぶ。小さな、けれども透き通るような声で。視線を向ければ、黒い大きな瞳が、まっすぐ正臣を見つめていた。
「・・・ごめんね。正臣」
その言葉に、正臣は知る。帝人が、すべてを知っていることを。自分も帝人も口にしなかったことを。
「・・・・・知ってたのか」
「うん」
こくりと小さな頭が振れた。
「俺が、選んだんだ」
だから、帝人のせいではないと。気にするな、なんて言ったって無駄だとは思ったけれども、それでも伝えたくて。
「俺は結局、一つしか選べなかっただけだ」
ごめんな、と正臣は心の中で呟いた。きっと、謝るのは自分のほうだ。
「・・・・うん」
(あぁ・・・)
過去の映像が、正臣の脳裏に過ぎる。助けられなかった少女、あの惨劇を、臨也の残像がよみがえらせる。
(でも)
自分は薄情だと正臣は思う。もしかしたら、臨也よりもずっとひどい人間かもしれない。
繰り返される過去の罪を認識しながら、正臣の考えていたことは別のことだったから。
(そんな顔をさせたかったわけじゃない。帝人にはずっと笑っていて欲しいのに・・・・)
最低だ、と正臣は自分を思う。
それでもこんな時、思うことは帝人のことなのだ。