帝人の高校生活初日は、大した事件もなく穏やかに終わった。  

 というか、初日から事件なんかあってたまるものかと帝人は思う。  

 隣のクラスであった正臣と合流し、今日の予定を決める。  

 「模範的な高校生がしたいんだろ?だったらやっぱ、ナンパしかない!これ真実!」  

 統計を取ってみて、どれほどの男子高生が高校時代にナンパを経験しているのか知りたいものではある。あと、自分と離れていた間彼がどんな生活をしてきたのかも。  

 まぁもちろん。男子校生とナンパの関係の統計は、正臣の主張を否定する結果が待っているだろうことは確実だけれども。  

 それはともかくとして、とりあえず本屋に行きたいという要望を出せば正臣はあっさりと頷いた。  

 まるで、彼とて帝人をナンパへと引きだすのは本位ではなかったとでも言うように。  

 正臣と並んで歩くのは、昨日に引き続き2日目だったがやっぱり彼は変らないと言う思いを帝人は強くした。一定の距離で、自分が過ごしやすいようにさりげなくフォローをしてくれる。  

 それは今も昔も変わらないことだ。  

 そんな彼がいたから、帝人はこの街に来ることを決意したのだから。  

 「紀田くんじゃん」  

 「いやいや久しぶり」  

 そう後ろから声をかけられたのは、少し怪しげな本屋へと入ろうかという時だった。  

 「あー、狩沢さんに遊馬崎さん、どうもです」  

 どこにでもいそうな男女の2人組。人好きするような笑顔を浮かべた彼らに、帝人は何とはなしに彼らの視線から逃れるように正臣の後ろへと1歩後ずさるが、もちろんそれで姿が隠れるわけもない。  

 「そっちの子は誰?友達?」  

 2人の視線が帝人へと向く。  

 「あー、こいつは幼馴染で、今日から一緒の高校になったんすよ」  

 「へぇ、今日から高校生になったんだ。おめでとう」  

 振り向いた正臣の顔がほんのわずか何とも言えない微妙な表情になっていた。彼らを帝人に紹介するべきか迷ったのだろう。けれども、それもほんの一瞬だ。なんでもないように、正臣は帝人に2人を紹介する。  

 「こっちの女の人が狩沢さんで、こっちが遊馬崎さん」  

 「・・・・あ、え、ええと・・・竜ヶ峰帝人っていいます」  

 正臣の言葉につられるように、小さな声で帝人はそう名乗った。  

 「ペンネーム?」  

 「なんで高校生一年生がペンネーム使うのよ。・・・あぁ、ラジオとか雑誌投稿とか?」  

 「あ、あの、一応、本名です・・・」  

 「嘘ぉ、本名なの!?」  

 予想できる反応ではあったが、ここまで素直に反応してくるといっそすがすがしいなと思う。むやみやたらと目立つ名前だという点で帝人はあまり気に入っていないが、彼らにとってはそうではないらしい。  

 「いや、すごい!かっこいいじゃないすか!いやいや、マンガの主人公みたいだ!」  

 だがしかし、あまり自分に興味をもたれるのは得策ではないのだけれども・・・  

 「そんな・・・照れるじゃないですか」  

 「紀田くんが照れてどうするのよ」  

 そんな帝人の心中を察したのか、2人の間に割って入ったのは正臣だ。狩沢に突っ込まれながら、へらりと笑う。  

 自分に関心が向けばいいという狙いなのだが、しかし残念ながら狩沢は再度帝人へと視線を向けた。  

 「・・・しっろい肌してるわねーっ」  

 男っぽさがステイタスである男子高校生に対しては褒め言葉ではないせりふをしみじみと口にし、狩沢は何かを考えるようにうんうんと頷いく。そして、何を納得したのかおもむろに突拍子もないことを口にしたのだ。  

 「ライラのコスプレとかさせたら似合いそう!」  

 「「はぁ?」」  

 狩沢の発言に、反応はきっちり2つに分かれた。  

 なるほど、と真剣に考え込む遊馬崎とそして・・・ピシリと固まった高校生2人に。  

 「うーん・・・ライラっすかー。俺的には三次元コスはありかなしかって言われればなしなんすけど、まぁたしかにライラって2、5次元的な感じもしなくはないし、それで言えばありなのかなぁ?」  

 「い・・いや、帝人は普通の一般的な男子高校生っすよ・・・?」  

 はははっと、乾いた笑が正臣の口から漏れた。  

 「分かってないなぁーっ。こういう平凡そうな子が、実は超美人になったり超かわいくなったりするのがBLのおいしいところなんだよ?」  

 ギャップ萌えギャップ萌え!とはしゃぐ狩沢に、正臣の口がひくりと歪む。  

 「ねぇ、お姉さんに化粧されてみない?」  

 お肌すべすべだから大丈夫よっ!と妙な太鼓判を押されながら、キラキラと瞳を輝かせた狩沢に手をにぎられる。  

 「え・・・っ・・・遠慮しときます」  

 おもわず帝人はぶるぶると頭を振る。  

 「そう言わずにっ!」  

 女性に手を握られるという嬉しいハプニングが起こっているわけだが、もちろんそんなことを喜んでいる場合ではない。  

 内心冷や汗をかきながら、帝人はじりっと狩沢から逃げるように後ずさっていた。  

 強行手段に出られたら、この手を振り払ってでも逃げなければやばい気がする。それもものすごく。初対面の人間を、しかも女性を邪険にするのは帝人の本意ではないが、しかしこの目の前にいる相手は女性だとかなんだとかそういうことで遠慮など決してしてはいけないようにも見えた。  

 「ねっ!」  

 だめだ、逃げようっ!  

 そう決心した帝人が、ぐっと掴まれた手に力を入れた時だった。  

 「まぁまぁ、狩沢さん。パンピーにむりやり趣味おしつけるのはアウトっすよーっ」  

 遊馬崎の言葉に、手が緩む。その一瞬の隙をついて、帝人はなんとか自由をとりもどした。  

 助かった・・・・っ!  

 宥めるような遊馬崎が神のように見えた。  

 思わずすがりつきそうになってしまったのもしょうがないではないだろうか。  

 離れた手に名残惜しそうにしていたものの、納得したのか狩沢は「しょうがない」と肩をすくめた。それに、ようやく帝人と正臣はこっそり安堵の息を吐く。  

 「じゃ、私たちそろそろ行くわねーっ。バァイ」  

 ぶんぶんと手を振る狩沢と変らない笑顔の遊馬崎を見ながら、ぽつりと疲れた顔をして帝人は正臣の名前を呼ぶ。  

 「ねぇ、紀田くん」  

 「・・・・・・なんだ?」  

 それに、帝人と同じく今日の体力精神力を根こそぎ奪われた正臣が、いつもの彼らしくないため息のような声で答えた。  

 「僕、紀田くんが言ってた平和島さんって人や折原さんよりも、今の人の方が危険人物に見えてしょうがないんだけど。・・・・気のせいかな」  

 それには答えず、正臣はなんともいえない表情のまま明後日の方向を向いたのだった。