お慕いしてます。心から。

 

 

   

 好き。大好き。愛してる。だから、付き合おう?  

 顔を見て直接伝えたり、手紙で、電話で、そして現代ならメールで。  

 そんな短い言葉で愛を交わして、人と人は唯一無二の関係になる。  

 もし私が人だったら。もし私が、もっともっと若くてこの世の中のしがらみを知らない時だったら。この、胸にすくっている深く苦しい思いを口に出して伝えることが出来たのだろうか。  

 始めに好きになったのは、顔だった。思わず見とれるほど美しく、まるで理想を形にしたようだと思った。  

 今思えば、なんと単純で即物的な理由だろうと思うけれども今ではそれだけではないといえる。  

 ふとした時の、優しさ。自分に差し出してくれた暖かい手。  

 知るたびに、引き返すことが出来ないほど溺れていく。  

 好きだ、と思った。心臓が壊れそうなほど。ただ好きだった。  

 愛してる・・なんて、到底口には出せないけれども。  



 (だって・・・伝えてしまったら見ていることさえ許されない)  



 見ているだけでいい。その存在を目に焼き付けておけば。それがさらに自らの苦しみを増長させることであっても、伝えるよりかは幾分もましだ。  

 ただ、じっと見つめる。喉の奥からこみ上げる思いにふたをするように、ぐっと奥歯をかみ締めながら。  



 (好きです)  



 いつもどおりに、かけらも気付かれないように。熱い視線にふたをして。瞳の奥だけで、彼への思いを燃やしながら。  



 (好きなんです)  



 彼から手紙が来た。  

 先日、茶の湯に興味があるという彼を招いて席を設けた。  

 久方ぶりに持った茶せんが震えるのを押さえながら、彼の視線が自分に突き刺さる中濃い緑色の液体をかき混ぜる。2人きりの狭い茶室の中で、意識が彼に集中するのを隠すのは至難の技だったけれどもそれでも十分に幸せな時間。  

 勉強をしてきたのだといった彼の作法は流れるように美しく、金色の髪と抹茶の色よりも輝く緑が不思議と茶室に映えていた。  

 柔らかいグレーのスーツがすっと背筋を伸ばして、畳の上できっちり正座をしている姿は見慣れなくもどこか凛とした清涼な空気をかもし出していたのを覚えている。  

 彼からの手紙は、その時のことへの礼状だ。  

 仕事の一環、といえばそれまでかもしれない。  

 プライベートではなく、文化交流のひとつとしてのお決まりの手順。  

 ただ、それだけが嬉しかった。彼からのものならば、電子を飛ばしたメールでだって自分はきっと舞い上がるほど嬉しいだろうに。  

 手紙の最後には、今度は彼自らが紅茶をごちそうしてくれると書いてある。  

 彼のことだから、きっとそれは現実になるだろう。それに、ぎゅっと心臓を捕まれるような心持になった。  

 また、彼と会える。  

 好きです、と声に出さずにつぶやく。  



 (ずっと、前から)  



 あなたは、気付いていないけれども。  



 (気付かせないようにしているけれども)  



 大声で叫んでしまいたい。吐き出さなければ、死んでしまいそうなほどの恋心。  

 ほう、と吐いた思いもかけないほど熱い息は、寒い夜の中に静かに溶けていった。