『お前は、静雄が好きなのか?』

 ためらうようにしながらも、しかし確かに打ち出されたその文字を見ながら、帝人はぱちぱちとその大きな黒い瞳を瞬かせた。

 今この場には、相手と自分しかいない。

 ひょこんとPDAから目を離しそちらを見れば、そこにはどこかそわついたような「彼女」がいた。

 ヘルメットで顔を隠し・・・いや、ないはずの顔を補っている彼女に表情というものはない。けれど、知ってみれば彼女ほど感情表現の豊かな存在はめったにいないのではないだろうか。

 今も、不躾と分かっていながらそんな質問を帝人に問いかけたセルティは、そわそわと落ちつかなげにしている。

 (かわいいなぁ)

 小さな子犬でも見るように、帝人は目を細めた。

 この可愛さの100分の一でもあの臨也にあったらもう少しましになるのではないかと思い、しかしその思考を一瞬にして却下した。

 臨也が可愛かったら、それはそれで気持ちが悪いことに気がついたからだ。

 『べつに、いいいいいやならこたえなくてもいい』

 何も返事をしない帝人に慌てたのか、変換もされない上にダブった文字の羅列が表示される。

 沈黙する帝人が怖いとかそういうことではなく、友人である帝人の気を悪くしたかと気にしているのだろう。

 (ほんと、かわいいし優しいし。新羅さんは幸せものだなぁ)

 どうしていきなりセルティがそんなことを言い出したのかは分からないが、しかしそれを聞くのに相当の勇気を振り絞ったのだということは分かる。

 失礼だ、と思いながらもしかしどうしても好奇心旺盛な彼女は聞かずにはいられなかった。そんなところだろうか。

 「好きですよ」

 だから、恐縮する彼女に帝人はあっさりとそう答えた。

 再度なにかを打とうとしていたセルティの手が止まる。

 PDAから顔を上げ、ヘルメットが帝人をじっと見つめた。

 『それは・・・・恋愛、という意味でか?』

 「どうしたんですか?いきなり」

 らしくない質問だとは思う。けれど、セルティがからかうだけのためにそんな話題を出してくるとは思わなかった。

 『見た目』と違って、彼女の性格は至って『真面目』だから。

 『・・・・私は、恋愛というものがまだよく分かっていないと、思う。けど・・・お前と静雄に関しては、どこか違う気がしたから』

 気になって、とセルティはどこか恥らうような仕草を見せた。

 恐らくそんな自分にセルティは気付いていないだろう。静雄と帝人の関係が気になるというより、それに対して自分と新羅を照らし合わせたいだけなのだと思える。

 (恋してる女の子って、やっぱりそういうこと気になるのかなぁ?)

 たとえ首がなくったって、セルティだって立派な女の子だ。しかも、恋愛初心者と来ている。セルティに他に恋愛相談をするような相手がいるとも思えないし、だから手近な帝人をターゲットにしたのかもしれないが。

 これが恋バナってやつかなーと思いながら、帝人は唇に指をあてうーんと唸る。

 女の子と恋バナなんて初めてだ。男友達とならあるけれども、女の子相手だと意味合いが違っておもしろいと正臣が言っていたのを思い出す。

 まぁ・・・少々首がなかったりエンジン音のしないバイクに乗ってたりと特殊な相手かもしれないが。

 「そうですね・・・」

 だから、それに真面目に答えようという気になったのはそういった珍しさがあったのかもしれない。もちろん、セルティという気にいっている相手だったからだという要因も多大に関係しているのであろうが。

 「例えば」

 例えばですよ。と帝人は重ねて前置きする。

 「例えば、静雄さんと紀田くんが同時にがけから落ちそうになってて、どちらか一方を助けなきゃいけなくなって、助けなかったら確実に死んじゃうって場面に僕が遭遇したら、僕は・・・・迷わず紀田くんを助けると思うんです」

 にっこりと笑う帝人に、セルティは一瞬の間を置いたあとPDAに向って文字を打ち込む。

 『静雄はそんなことがあっても死なんと思うが』

 がけから落ちても死なない。それは確かに、静雄を知っている人間ならば口を揃えて言うだろう。帝人自身も静雄ががけから落ちたくらいで死ぬなんて想像ができないのだから、静雄の異質さは歪みがないほど際立っていると思う。

 「だから、例えばですって」

 そんな自分を認識しながら、帝人はセルティに向って笑う。

 「それで、ですね」

 想像する。静雄のいなくなった世界。

 金色の、あの強くて規格外な人間のいない世界を。

 (あぁ・・・)

 と、面に出さずに帝人は哂った。

 伸びてくる手のようなものに向って、帝人はまだだ。と嗜める。

 出て来るんじゃない。こんな単なる想像で、簡単に姿を現そうとする帝人の中の獣のような意識。

 だめだなぁ、と帝人は内心苦笑する。押さえ込んでいるつもりだが、そんなもの薄氷よりももろい理性の下でしかないのだ。

 こんなにこんなに、きっかけを望んでいるのだから。

 「それでもし、静雄さんが本当に死んじゃったりしたら」

 どんな経緯とか、誰のせいとかそんなの関係ない。

 

 「僕は、どうなるか分かりません」

 

 それは、後追いなんて生易しいものではなく。

 きゅっと唇を吊り上げた帝人に、セルティはぶるりと体を振るわせた。人外である己が言うのは間違いだと分かってはいたが、今まで出会ったどんなものよりも異質で恐ろしいものを見たような気がして。

 普通の高校生とは違うとは分かっていた。

 けれども、それでもセルティは目の前の少年をどこかで普通の人間だと思っていたのだ。静雄よりも常軌を逸しているわけでもなく、臨也よりも面倒な相手でもない。

 普通の人間と違う気配はするとは分かっていたが、それでもどこかでその程度だと思っていたのに。

 もう一度そのさまを観察しようと目を向ければ、もう、帝人はいつもの顔に戻っていた。

 そして、セルティに向って言葉を続ける。

 「たぶんそれは、恋愛とはまた別のものなんじゃないかな。とは思うんです」

 

 

 けれど、愛だと言えば確かにそれも愛なのだ。