ボン・ヴォヤージュ!
クルーズの船が、急な故障で停止して1時間ほど経つ。
本田菊は微かな海風に髪を揺らしながら甲板へと足を向けた。異国の香りの空気は乾いて爽やかで、違うもののはずなのに、ふと故国の9月の残暑を思い出す。
明るく白い光と、肌に心地よい涼しい風。そのくせ日差しはまだ夏の名残だ。
軽く腕をかざして光を遮り、パラソルの下に避難すれば、それが無粋だというように肌を曝し、くつろぐ人たちの群が見える。
一段高くなっているあの部分は、確かプールになっていたはずだ。
プールとは泳ぐところのはずなのに、誰も泳いでなどいなくて、うかうかと調子に乗って水練の技を披露した菊は昨日から、ヴァカンス中の西洋人のちびっ子たちのヒーローだ。
空いていたいすに座り、澄み切った青い空を眺める。
この強烈に澄み渡った空が故国につながっているとはにわかに信じがたく、何度も瞬きを繰り返す。
すると、近くのテーブルから甲高い鳴き声と、困ったような宥めるような声があがる。
まるで、ミケランジェロの天使のような赤ん坊が、何が悲しいのか大粒の涙をこぼして泣いている。
母親なのか、乳母なのか、若い女性が抱き上げて、何事か柔らかな声であやしているが、泣き声は容易に止みそうにない。
女性は菊の座るパラソル席の前を行ったり来たりしながら、背を撫で、海鳥を指さしては泣き止ませようとする。
赤ん坊は興味を示さず、びゃあびゃあと涙をこぼす。
困り果てた女性は、人の少ない菊のパラソルの前で立ち止まり、赤ん坊の頭を肩に乗せてあやしながら、ゆっくりとしたメロディを口づさみ、背を撫でては歌う。
菊は微笑んで、ひとつだけ席を移動して赤ん坊に近づくと、両手で静かに顔を隠す。
少し間を取って、ばぁ、と呼吸の音だけ発して手をはずし、瞳と口を大きく広げてみせる。
びっくりしたように、赤ん坊は声を止めた。
畳みかけるようにもう一度、いないいなーい、と顔を隠し、ばぁ、と満面の笑みを浮かべてみせる。
つられて赤ん坊が笑った。
天使の笑みもかくや、というそれに満足して、菊はもうひとつ、いないいない、ばぁ、と、頬をひっぱった変な顔をサービスする。
きゃあきゃあという声を上げて、赤ん坊が笑った。
女性は菊の仕草に気づかず、赤ん坊が泣き止んだのを認めると、歩きだそうとした。
菊が小さく手を振ると、赤ん坊がぷくぷくとしたゆびを口に入れながら、だうー、と声を上げる。
それにほほえみ返し、飲み物でもらおうかと立ち上がり、体をひねる。
頑丈な体にぶつかって、顔をしかめて見上げると、このクルーズに誘ってくれたヘラクレス・カルプシがカメラを構えて立っていた。
「ヘラクレスさん・・・、いつからそこに?」
「・・・わりと、最初から?」
ひどく幸せそうな笑みを浮かべた精悍な青年は、いまにも背中に羽が生えて飛び立ちそうな風情だ。
「菊は、こどもが、好きなの?」
「え、ええ。こちらの子供は、皆、かわいらしいと思いますよ」
「そう、そうなんだ」
楽しそうな青年になにも言うことはできず、菊はどうしたものかと小首を傾げる。
「そうだ、船の方はどうなりました?」
「もうすぐ、この港から出られるよ。
そうしたら、次は本土のアルテミス神殿、見に行こう」
「午前中のパルテノン神殿といい、フルコースですねぇ」
話すうちに、汽笛が鳴る。凪いだ空気が、少し強い海風に変わる。
大小の笑顔を乗せて、紺碧の海に白い船がゆく。
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おまっvvvvvこんな素敵なヘラ菊を送りつけてくるとはなんというwwwwww
PNが分からないので、Tで失礼wwww(安直)
もっとやれww気が向いたらアサ菊とかフラ菊とかアル菊とかも希望します(自重自重)