「おーっ!久しぶりやなぁーっ」  

 会議場の壁に背をもたれさせ、その全体を見渡せる位置で腕を組んでいた偉丈夫にスペインは陽気に声をかけた。  

 「あぁ」  

 壁から背を離すことなく、低い声がそれに答える。  

 「1ヶ月前に会ったばかりやけどな」  

 そう、返すことも忘れずに。  

 もちろん声をかけた相手はそんな言葉に何ら影響を受けるわけでもなく、そやなぁーと聞いているのかいないのか分からない返答で流す。  

 まだ、会議はちょうど中盤にさしかかったところだった。  

 先は見えてはいるが、それでもこれからその見えている先に向かって少しでも己の国の利益につなげる結果を出すか。そのさぐり合いを含めた休憩時間。

 その中でどこの輪に入るでもなく強面な顔をそのままに、オランダは悠然とそこにいた。  

 そんなオランダに向って、疲労困憊といった様子のスペインが肩を落とす。  

 「もぉーっ、あっかんわーっ。なんやねん経済とか借金とか貿易赤字とかギリシャよかましやーゆわれとるけど、同じようなもんやで」  

 風当たりが厳しくてしゃーない。  

 「大変そうな割には、元気そやのう」  

 はははと、スペインが笑う。  

 「昔とはちゃうなぁ。これならまだ、船に乗っとった時代の方がましやわ」  

 頭を使うよりかは体を使う方が性に合っているのは、他から見てもそう思うだろう。  

 ただ、その時代の話題をオランダ相手にするというその選択肢は、見るものが見れば顔を青くする行為ではあるが当の本人たちにとっては特に言及されるものではないらしい。  

 顔色ひとつ変えることなく、オランダは「せやな」とだけ答える。  

 それに、「そう思うやろ?」とスペインはうんうんと頷いた。

 (別に・・・・)

 別に、世界の中心にいたいわけではないけれども、と思う。  

 世界の中心は今は自分ではない。会議場の中心で固まっている一団。ここにあるのは、世界の縮図だ。  

 濃い翡翠の瞳がその上で止まる。  

 ふっと、先ほどまでひまわりのような暖かな笑顔を湛えていたスペインの顔から色が抜ける。それは何の感情も乗せていないような瞳であったが、オランダにとってそれは違和感を覚えるようなものではなかった。  

 その集団を視界に納めながら、先ほどとは違った落ち着いた声でスペインはオランダに問いかける。  

 「ずっと聞こうと思っとったんやけど」  

 オランダの方を向かないまま、言葉をつむぐ。  

 「あの場所を、取り戻したいとはおもわへんの?」  

 視線の先には、この会場の中心がいた。  

 それ以外を寄せ付けない雰囲気で、そこは自分も一度は味わったことのある立ち位置。

 世界の中心。

 そして・・・  

 「もう何百年も前の話やけどな。日本の周りは、俺らのものやったんに」  

 今は、違う。  

 イギリスは別にしたって、自分たちが彼を見つけたころは見向きもしなかったやつらが今日本の周りを囲んでいる。イギリスにしたってそうだ。自分たちへの対抗意識で彼に近づいたものの、あっさり手を引いたくせに。  

 「ずるいやろ」  

 分かってはいるのだ。あのころとは時代が違う。  

 自分たちが筆頭に世界の覇権を握っていた時代とは。風を感じ海を巡っていた時代の方が分かりやすかったかもしれないだなんて。まぁ、だからといって戻りたいとは思わないけれども。  

 戻れないし、戻ったところでしょうがないということを自分たちは知っているのだから。  

 だからしょうがない。そんなこと分かっているけれども、つい愚痴のようなものがこぼれてしまう。  

 そして今の時代にそれを共有できる相手は数少ない。  

 その一人が、今こうして隣にいるオランダだった。  

 けれども、くっと、オランダは喉の奥で同意を得ようとしたスペインの言葉を笑う。  

 「200年や」  

 「は?」  

 「200年、あいつは俺だけを見とった」  

 スペインの表情が、一気に固まった。  

 「あいつが開国させられて、150年かそこらか」  

 それだけを考えれば、オランダが日本を独占してきた期間にもうじき追いつく数字にも思えた。けれども、オランダはいう。  

 変わらない口調のくせに、まるで勝ち誇ったかのように。  

 「今、あいつの周りにはどんだけあいつの視界に映るやつがいると思う?」  

 オランダとスペインの間に、沈黙が落ちた。

 2人いれば2分の1。3人いれば3分の1。4人いれば4分の1。

 それは、当たり前のこと。  

 会議室内のざわめきは止まらない。  

 「・・・むかつくわ。ほんま」  

 100%を、すべてを受け続けてきたその年月という取り戻せないものはスペインが捨ててきたものだ。  

 あのときはそれが世の中の流れだと思っていた。世界とは、自分たちとはそうして回っていくのもだと。  

 それは今も揺るぎない思いだ。しかし、と思う。  

 オランダの言葉にずくりと反応したどろどろの感情は、きっと別物だ。昇華なんかしきれない。理解も納得もできない。  

 嫉妬。  

 そんなスペインの感情なんかお見通しの顔をして、オランダは瞳を細めると壁から背を離した。  

 日本の元へ行くでもない。  

 ただゆったりと歩を進める。  

 (ほんまに・・・)  

 今、日本の周りを囲んでいるアメリカやイギリス、フランスにドイツやイタリアなんかには決して浮かぶことのない感情。羨ましいとか、そんな言葉で片づけられないもっと根の深いもの。  

 きっとこの先もずっと。  

 それだって、あいつだけのものなのだ。



 

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蘭さんまさかの福井弁疑惑・・・っ!!!もっと分からないよ福井弁っ!!間違えてるの大前提ですみません。間違ってる箇所分かったら其の都度訂正します。