「やる」

 

 そう言って手の中に押し付けられたのは、ふわふわでもこもこで手触りのいい柔らかな物体だった。

 ぎゅっと抱きしめても余りあるそれと、目の前の仏頂面を2.3度見比べながら帝人はことんと首をかしげた。

 「・・・・なんですか?これ」

 「ぬいぐるみだ。くまの」

 それは分かる。多少、グレーだったり多少愛玩物にしては鋭い爪を生やしていたり何故か口から血を垂らしていたりと若干素直に可愛らしいというには躊躇われるものだが、しかし色んな点を差し引いてもこれはぬいぐるみだった。・・・・一応、くまの。

 それは分かりますけどね、と口には出さずに再度もこもこの物体に視線を落とす。

 もう少し腕が太い方が抱き心地はいいなぁなんて思いながら、可愛いんだか凶暴なんだか分からない白いとがった爪を持つ腕をぶらぶらと遊ばせた。

 「どうしたんですか?」

 「もらった」

 会話をする気がないんじゃないかってな程の簡潔な答えに、帝人は灰色のくまと顔を合わせながらまたこてんと首を倒す。

 そっけない態度だが、別に怒っているわけではない。それが、彼の素なのだ。

 (そんなんだから、静雄さん女の子にもてないんだよ)

 襟の蝶ネクタイを外しラフな格好になろうとする彼の後ろでそんな失礼なことを考えながら帝はくまのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめた。

 (・・・・ま、もちろんそれだけじゃないだろうけど)

 池袋の中で、生きる伝説となっているあの凶暴な男と付き合おうなんて酔狂な女の子は、その子自身もどこかぶっとんでいなければつとまらないに違いない。

 「トムさんですか?」

 凶悪なこの相手に、こんなものを押し付けられる唯一の人物の名前を出せば、脱ぎかけのシャツの向こうから「おう」と応えが返ってきた。

 「空き時間に暇だからってゲーセンでとってたんだが、いらんから押し付けられた」

 「サンシャイン通りのですか?」

 そう言えば、通りに面したUFOキャッチャーにこれと同型の灰色とそして双子のようなピンクがいたことを思い出す。

 暇だからってこんな大物が取れるんだから、それなりに腕はあるらしい。

 (あそこの、比較的イージーだけどこのサイズは取りにくいのにな)

 しかし、である。

 空き時間にということは、その後の仕事の最中にもこの子はあの2人に同行していたのだろう。

 ・・・・・シュールだ。

 誰が見ても明らかに近寄ってはいけないドレッドの兄ちゃんと、住人には周知の池袋最強の男がぬいぐるみを抱えて歩き回る。

 ジョークを通り越して、それは一種の視界の暴力ではないだろうか。

 似合わないことこの上ない。

 人は、常識を超えたものに遭遇するとたちまち思考をショートさせる生き物だから。

 きっと、遭遇した人たちはそれなりの恐怖を味わったのではないだろうか。

 ぬいぐるみなんて抱えてほほえましい、という一般的な感想なんか、きっと吹けば飛んでしまうくらいのショッキング映像になったに違いない。

 (ご愁傷様)

 それに遭遇したであろう罪のない人たちに、帝人は心のこもらない言葉を送る。

 また、新しい都市伝説にならなければいいけども。

 「くれるんですか?」

 くまを抱きしめたままの帝人に向って、静雄はにやりと笑った。

 「お前のほうが似合うだろ」

 はぁ、そうですか。と言いながら、血をだらりと垂らしたくまに帝人は再度向き直る。

 (そういうことにしておいてもいいけど)

 静雄さんには言わないけど、と思いながら、帝人はちゅっとぬいぐるみの額に軽く口付けをした。

 (静雄さんの上司も見る目があるな)

 たぶん、本人には言っていないだろうけどもきっと彼もそう思ったに違いない。

 何事にも関心のない目をしながら、隠すことなく牙を剥き、血をぬぐうこともしないその様。

 この物体は、静雄さんに似ているんだと。

 

 

 だって、僕よりも静雄さんの方が凶暴で手に負えないけど可愛らしいと思うから。