舞い上がった土煙が辺り一面を覆う。土の茶色っぽい埃は口に含んで気持ちのいいものでは決してなかったが、それをもろに気管まで吸い込んだギルベルトは涙を浮かべながら苦しげにせき込んだ。   

 「ぐっ・・げほっ!・・がっ、はっ!」  

 「うーん。はずしちゃったかぁーっ」  

 のんきな声が、霞の向こう側から響いてくる。わずかながらも煙が風に流され視界が良好になる中、ギルベルトは息苦しさでにじんだ涙を目尻に浮かべ、片手を腰に当てこちらを見下ろす影をにらみ付けた。  

 「アルフレッド・・・」  

 やぁ、久しぶりだねギルベルト。ルートヴィヒはこないだ会ったばっかだけど。なんて、親しげに手を挙げる様はどこか幼さが抜けていないようにも見える。  

 しかしもうこの相手を、ただの無邪気な子供だと侮る国はもういないだろう。ギルベルトだって何度も辛酸をなめさせられてきた。  

 薄いガラスの向こう側の、決して笑ってはいない物騒な光をたたえた瞳が何よりの証拠だった。  

 「やっぱり旧型はだめだね。精度が甘すぎるよっ!」  

 ぶつぶつと文句を言うせりふは、少なくともそれを向けた相手に対して問いかける内容ではない。  

 自由奔放に、しかし強かに。決して隙の見せられない相手だけに緊張が走る。  

 「でも、上に黙って持ち出せたのがこれだけだったからしょうがないっか」  

 自分に言い聞かせるように納得してアルフレッドは一人頷いた。  

 「早い登場だな。アルフレッド・ジョーンズ。空からでも見てたのか?」  

 まるでこちらの行動を見ていたような早さだ。そう簡単には見つからないはずの通路を通って外まで抜け出してきたというのに、衛星で監視されてでもいるのだろうかなんて笑えない冗談だ。こいつなら、そのくらい簡単にできるだろう。  

 「残念ながら、今回は監視衛星は使用不可なんだ。俺の個人的な事情だからね」  

 許可がでなくてさ、と至極残念そうに慣れた仕草で肩をすくめる。  

 「アーサーがね、教えてくれたんだよ」  

 にっこりと笑った顔が忌々しい。チッと舌打ちが漏れた。  

 あいつか。先ほど、うまく巻いたと思ったのに心底侮れない。  

 「アーサーってなーんでかこういうの得意なんだよねー。どっから仕入れてくるか分からないけど・・・・・しっぽ巻いて逃げた敵の居場所見つけるのとか、ね」  

 「んだとっ・・・・!!」  

 アルフレッドの言葉に激高し向かっていこうとするギルベルトの肩を、ルートヴィヒがつかむ。  

 「・・・っ!兄さんっ!」  

 今、この状況で突撃して行ったところで、勝ち目はない。  

 「・・・・・くそっ!」  

 どうしてこの兄弟は、そろいもそろってたちが悪いのか。普段は仲がいいわけでは決してないくせに、こういう時だけ必要以上の連携の良さを発揮する。  

 「お前も・・・俺に菊と別れろってか?」  

 なんとか気持ちを落ち着け、相手の出方を探るように問いかける。  

 ルートヴィヒの話が確かならば、聞くまでもないことだろうが時間かせぎにはちょうど言い話題だ。  

 「っていうか俺は、付き合ってるだなんて事も認めた覚えはないよ」  

 当然のようにアルフレッドはきょとんと首を傾げる。  

 「だって、菊は俺のものなんだぞ!」  

 満面の笑みを浮かべた年下の男の言葉に、言いしれぬ怒りが沸き上がった。  

 「てめっ・・・!」  

 一体いつ、誰がそんなことを認めたというのか。誰がなんと言おうとも、『本田菊』の『恋人』は自分であるはずだ。  

 なのにこいつは、まるであり得ない事実であるかのようにそれを一蹴する。  

 絶対の傲慢。  

 自分と菊の立ち位置を、みじんも疑っていないような。まるで自分とは正反対だと思い、思った自分にさらに腹がたった。  

 「別に俺は、アーサーみたく菊とどうしても、SEXするような恋人同士って間柄になりたいわけじゃないけどギルベルトのものになるのは嫌なんだぞっ!」  

 アルフレッドの言葉は軽く聞こえるかも知れないが、それは恋だとか愛だとかそういう肉欲をはらんだものよりももっと純粋な独占欲といえるのかもしれない。  

 その分、行き先と限度の果てがないのだからやっかいだ。  

 ぎゅっと眉をひそめたギルベルトに向かって、アルフレッドは言葉を続ける。  

 「さすがに、アーサーみたいに菊に自分の精液ぶっかけて縛って犯して使えるところすべてに道具使ってアンアン言わせて羞恥プレイっていうか周知プレイ?させたりしたいわけじゃないけど、菊のことはSEXしたいくらいには好きだから菊の恋人には俺が・・・」  

 「あぁああああああああああアルーっ!!!」  

 アルフレッドの衝撃的な告白を遮って、どこからともなく飛び出してきたアーサーに、ゲルマン兄弟の白い視線が向いた。  

 「てめっ・・・なっ!なななななななな何言ってやがんだっ!!!!!!んんんんんんんんんんなことかかかかかかかか考えてるわけねぇだろ!!!!!」  

 尋常ではないどもり具合と、耳どころか首筋まで真っ赤になったその様子からアルフレッドの言葉が決して根も葉もない話ではないことが知れる。  

 「いつ言った!!!!俺がそんなことお前にいつ言ったぁあああああああーっ!!!」  

 「え?言ったじゃないか。酔っぱらってるときに」  

 あっけらかんと言うアルフレッドに、アーサーが絶句する。自分の酒癖の悪さを知ってるだけに、嘘だともいえないようだ。  

 というよりは、十中八九真実だろう。  

 だめだこいつ。早く何とかしないと。  

 「お前・・・・」  

 軽蔑と言うよりはいっそ哀れんだ視線を向けるギルベルトに、アーサーは慌てる。  

 「ばばばばばばばばかやろっ!!!!そそそそんなことかんがえてるわけねぇだろっ!!せいぜい、首筋に噛みつきたいとか菊は服着てない方が可愛いとかだけだっ!!!」  

 墓穴である。  

 周囲の視線の温度が一気に下がったことを肌で感じ、思わず口をつぐむ。かといって、今更口をついてでた言葉が取り消されるわけではないが。  

 「とっ、とにかく!」  

 ごほん、と仕切り直すように軽く咳払いをして再度アーサーはギルベルトをにらみ付ける。  

 「俺もこいつも、ほかの誰もお前のことなんか認めてないってことなんだよ」  

 あぁ、本当に・・・どいつもこいつもうっとうしい。  

 認めない認めないって、じゃあ菊の気持ちはどうなんだ。そりゃあ、その場の流れでかもしれないが肯定の返事をしたのはあいつだ。

 だというのに。  

 「ごちゃごちゃと・・・」  

 変態風情に口を出されるいわれはない。

 それに・・・・・それに、だ。

 大体なんだ?精液ぶっかけるだとか縛るだとか啼かすだとか、菊を勝手な妄想だとしても1ミリたりとも許せるかっ!俺だってまだ、キスどころか手だって繋いだことないってのにこのやろうっ!!  

 「ごちゃごちゃとうるせぇんだよっ!!菊は俺のもんになったんだ!周りがとやかく言うんじゃねぇ!」  

 ギルベルトの中で、何かがプチンと切れた。