「なんで・・お前がここに・・・」
決して相性のいい相手ではないが、こういう場で会うとなおさらだと実感する。
昔を知る自分としてみれば、昨今のこの相手は大人しくなったもんだと思うがそれでも根は変わっていないようだ。こちらを睥睨する視線の嫌らしさは、唾でも吐きかけたく程憎らしい。
「さっきの爆撃もお前か」
「惜しいな」
撃鉄はすでに起こされている。いつでも引き金が引ける状態の銃口が、ぴたりとギルベルトの頭部を狙っていた。
崩れた破片を靴がはむ。じゃりっという嫌な音が妙に響いた。
素早く周囲に視線を送るが、この至近距離でアーサーの攻撃から逃れることは到底無理だと言うことは誰の目にも明らかだろう。
だが。
一瞬でもいい、相手の気を引くことができたならあるいは・・
都合よく、王によって破壊された瓦礫が手の届く範囲に無数に転がっている。簡単な飛び道具だ。無傷というわけにはいかないだろうが、それでも今の状況よりはましだろう。
「王と組んで不意打ちの攻撃か?」
嘲るように、唇をゆがめさせる。
「なにが目的かは知らねぇけど。お前にここまでされる理由なんかねぇな」
「恨みなんか、思わぬところで買ってるもんだろ」
恨みを買いまくりのこいつに言われるとは妙なもんだが、自分だって確かに清廉潔白な生きざまを送っているわけではない。
だからといって、素直にやられる理由もないというものだ。
「さっきの、お前じゃねぇって言ってたな。外からのあれだけ派手な攻撃・・」
少しでも、気をそらせたら。
「外にいるのは、懐きもしねぇ弟か?」
ぴくりと反応があった。
今のうちに!小さな破片を握りしめようと密かにのばした手の先。けれども鋭い破裂音が、足下の石をはじいた。硝煙の臭い。
「無駄だ」
見抜かれていた行動に、ギルベルトは短く舌打ちを鳴らす。
「一つだけ助かる方法を教えてやろう」
虫けらでも見るかのような見下した視線。
言われるかもしれないことは、なんとなく予想はついていた。今日は朝のルートヴィヒとの会話も、さっきも王も、そのことばかりだ。
「菊と別れろ」
やっぱりか、と思う。
だが、ルートヴィヒや王に責められるならまだしもアーサーに言われる筋合いはない。
「なんで・・・・てめぇにそんなこと言われなきゃなんねぇんだ」
「簡単なことだろう?ここで死ぬのと比べれば」
だがそれには答えず、アーサーはギルベルトに選択を迫るのみだ。
朝も、同じようなことを言われた。ルートヴィヒに。その答えもまだでていないというのに。
「どうせ、大した気持ちじゃないくせに」
また、同じようなことを突きつけられる。
「んなことねぇっ!」
ギルベルトの口から飛び出したのは、否定の言葉だ
ルートヴィヒもこいつも、勝手に人の気持ちを決めやがる。
「付き合ってやらないでもない。じゃないのか?」
「・・・・は?」
「しょうがないんだろう?菊が言うから、付き合ってやってるだけなんだろ?」
「てめぇ・・・なんで」
それは、つい昨日自分が菊に向けて言った言葉だ。
何故それを、あの場にいなかったこいつが知っているのか。
「ふざんけんなっ!」
冷静に見えたアーサーが、一気に激高する。
「そんな理由で・・・てめぇなんかに・・・」
アーサーの銃を握る力が強まる。トリガーにかかった指がぐっと引かれて・・・
受けるであろう衝撃を覚悟し、ギルベルトは息をのんだ。が、火を噴いたのは突きつけられていた鉄の塊ではなく。
破裂音の後、アーサーの手の中にあった拳銃がはじかれる。
「くっ・・・!」
「兄さんっ!」
ルートヴィヒの声に反射的に体が動いた。足に力をため床を蹴る。
「てめっ・・・!」
アーサーがギルベルトの後を追おうと顔を上げたときには、もうすでに2人の姿は煙の中へと消えていた。
「ちっ・・・」
視線を横にそらす。ルートヴィヒもギルベルトもいなくなった一人の部屋で、何かに視線を投げるように。
「お前ら、頼んだぞ」
何もない空間がその声に答えるようにわずかに揺らぎ、そして何もなかったかのような静けさを取り戻したのだった。