「おはようございます。ルートヴィヒさん」
開始5分前にようやく控えの間に到着したルートヴィヒを見つけ、菊はいつものように頭を下げた。
「あぁ、おはよう」
少しばかり息の整わない様を見、首を傾げる。
「今日は珍しくぎりぎりでしたね」
「いや・・・まぁ、ちょっとな・・・」
開始時間になっても、会議室のドアは開かない。未だ、必要なメンバーがそろっていないからだ。
そのことに、若干嫌な予感をルートヴィヒは覚える。いや・・まさか昨日の今日で・・とは思うが・・。
普段は某大国に占領されていてなかなか空いていることのない菊の隣に腰を下ろし、とりあえずはと腐れ縁のような旧知の顔を探すが、案の定この空間の中にはいなかった。
「フェリシアーノはやっぱりまだ来てないのか」
「えぇ・・まだお見かけしませんね」
菊もルートヴィヒに習うように周囲を見わたしても、それらしき存在はいない。もっとも、そんなことしなくとも騒がしい彼ならばいるだけで分かるのだが。
「全く・・・」
が、それは予想の範囲内のことだ。問題はそこではない。
控え室の中をぐるりと見渡す。会議の常連がほとんどの室内で、この時間になってもいないことがおかしいメンバーが数人。
「・・・・アルフレッドとアーサーはどうした?遅れているのか?」
いなければいけない、いなければ会議の始まらない顔がここにいなかった。
いや・・まさか・・しかし・・
「おや?朝挨拶はさせていただきましたので、いらっしゃるとは思うのですが・・・」
「・・・・王もいないな」
菊の兄を自称する過保護の存在もない。
「あぁ、そうですね。でも。あの方が遅れてくるのはさほど珍しいことでもありませんし」
そう菊は言う。けれども、フェリシアーノやフランシスほど遅れてくることはないはずなのだが。
ぎゅっと眉を寄せたルートヴィヒを、菊は覗きこむ。
「今日は、なんだかやけに気になさいますね」
「まぁ・・あれでもやはり身内だからな」
「は?」
身内?と聞き返そうとしたその時。
「もぉー、まいっちゃうよなぁー」
ばたんと開いた扉から入ってきたのは、フランシスだった。
「おはようございます。フランシスさん」
「ボンジュー。菊」
時計を見れば少々開始時間が過ぎてはいるが、それでも彼にしてはだいぶ早い方だろう。
ルートヴィヒも軽く彼と挨拶を交わす。
「どうされましたか?何か、お悩みごとでも?」
「聞いたか?今日の会議は中止だってよ」
「え?」
「なんだと?」
ここまでメンバーが集まり、しかも会議の時間は過ぎているというのにこの状況で中止とは・・・?
「アルフレッドとアーサーと王が欠席だって。もぉー、お兄さんがんばって起きてきたのに無駄になっちゃったじゃな・・・」
がたん!
「ルートヴィヒさん?」
「すまん。嫌な予感がするので先に失礼する」
いぶかしげな菊の方も見ずに足早に部屋を後にしたルートヴィヒには何かとてつもない焦りが見えた。
「どうしたんでしょうか・・・ルートヴィヒさん」
「・・・さぁ」
その尋常ではない様子を、残された2人は唖然と見送る。
いつもならば、勝手な彼らの文句をこぼしつつも次回の日取りを決め、集まったメンバーに対しフォローを入れるのは彼のいつの間にか決まった役割だというのに。別に、誰かが強制したわけではなく彼の性格上そうしなければ気が済まないと言うだけなのだが、それすらもせずにこの場を放って帰るだなんて。
今日の彼は、本当に彼らしくないことばかりだ。
「アルフレッドさんもアーサーさんも、先ほどお会いしたばかりなのに欠席だなんて・・・」
「なに?あいつらきてたの?」
その言葉に、フランシスが目をむく。
「えぇ、会議が始まるだいぶ前に。珍しくアルフレッドさんも早くに顔を出されて」
「・・・あいつらと話なんか、した?」
今度は、フランシスが嫌な予感を覚える番だ。
「えぇ、少々。他愛のないことですが」
ひくりと、唇の端がゆがむ。本人が他愛のないことだと思っていたところで、周りがどう思うかはまた別の話だ。
そしてフランシスももちろん、その元凶となる話題のことを知っていた。
「他愛のないことね・・。例えば、昨日のスキャンダルとか?」
だって、知らないわけはない。あの隣の島国があれだけ騒いでいたのだから。知らないのはおそらく、当人たちだけだろう。
「・・・フランシスさんもご存じなんですか?その・・・」
ほんのり頬を染める年上を、こっそり可愛いなぁとおもいながらフランシスは肩をすくめた。
「ま、ね。そーゆーことでお兄さんの耳に入ってこないことはないよ」
とすると、この場に来ていたはずの彼らが欠席する理由は一つしかないではないか。
「あー・・・もしかしてあいつらの欠席の理由って・・・」
ぼそりとつぶやき、わしわしと細い金の髪をかき混ぜる。
ずいぶんと、思ったより早い行動で。
「・・・・フランシスさんは、驚かれないんですね」
うつむいたまま、ぽそりとつぶやいた菊にフランシスは苦笑する。
「まぁ、ねぇ。肩書きだけで愛の伝導士やってるわけじゃないし、それにだてにあいつの悪友名乗ってるわけじゃないよ」
そういう直感は、きっと誰よりも鋭い自信はある。
誰が誰を見ていたとか。誰の心に、誰がずっと住んでいたのかとか。
「かないませんね」
観念したかのように、菊はわずかに唇をゆるめた。
「いえいえ。これで負けてたら、菊に勝てることがまた減っちゃうじゃない」
モン○ンでも、助けてもらってばっかりだし。スト○ァイでも、負け越しだし。
「でもねぇ・・・気づいてない奴らの方が多いから、知っちゃってショックうけてるんじゃない?」
「おや。もしかしたら、お三方の欠席の理由って・・・」
今更気づいたかのように、ほとりと菊は言葉をこぼす。
「十中八九」
フランシスの言葉に、菊は疲れたように大きく大きくため息をついた。
「困りましたねぇ・・・」
「そうだねぇ・・・」
「みなさん・・・私の見た目がこれだからか、心配なのは分かりますが少々過保護すぎるきらいがありますから」
心配だとか過保護だとか、そういうくくりの話ではないことをフランシスは知っていたがそれには追求せず、そうだねぇ。ともう一度つぶやくに留めた。
空は、太陽の位置が変わったくらいで今も穏やかにすがすがしい。
「ギルベルトさん・・大丈夫でしょうか・・・」
ことの元凶は、のんきな声でそう呟いたのだった。