*少々欧米兄弟の扱いがよろしくないので、アル菊・アサ菊派の方の閲覧はそれを考慮したうえでお願いいたします。アーサーどころか、アルフレッドも不憫気味です。








  

 「ほっ、本田っ!」  

 等間隔で並ぶドア以外なにもない長い廊下を、手に書類を抱え歩いていた菊は後ろから聞きなれた声に呼び止められた。  

 振り向くとそこには、きれいな金の髪の国が少し上気した顔で立っている。  

 上機嫌には決して見えない少ししかめられた顔は、しかしそれが彼のデフォルトであると知っているから今はもう気に病むこともない。  

 「おはようございます。アーサーさん」  

 少し頭を下げれば小さな声で、あぁ・・おはよう。と声が返ってくる。  

 会議では必ず主要なメンバーの一人としてあげられるこの相手は、ヨーロッパ諸国の中では比較的早い時間に現れることが多い。だから、こうしてほかのメンバーよりも早い時間に彼に会うことは珍しいことではなかった。  

 しかし、いつもと違うのは相手の様子の方だ。  

 若干反応がおかしいのはいつものことであり、そのかわいらしい様を菊は彼の美点だと思っているが今日のキョドり方は半端なものではない。  

 あー、とか。うー、だとかなにやら言いたげなのは分かるのだが、それが全く言葉にならない様なのは少し異様だ。  

 「アーサーさん?」  

 きょろきょろと視線をさまよわせる年下の国の顔をのぞき込む。  

 近くなった距離にアーサーは一瞬ぎょっとしたように顔をこわばらせ、しかし覚悟を決めたように一つ短く咳払いをした。  

 「きっ、聞きたいことが・・ある・・」  

 思いもかけず真剣な声音に、菊はことりと首を傾げる。会議の前に、こんな場所で話など珍しい。なにか自分は粗相でもしたのだろうか。  

 けれど、しばらくの逡巡のあと顔を緊張のためか上気させた顔でアーサーが口にした言葉が、菊が想像していたものとはかけ離れたものだった。  

 「お、お前・・・ギ・・・」  

 「ぎ?」  

 また言葉を飲み込んだアーサーに疑念が募る。そんな、言いにくい議題なのだろうか。  

 「・・・・ギルベ」  

 「菊っ!!」  

 割って入ってきたのは、廊下中に響きわたりそうな通る声。  

 もちろん、菊もよく知っている国ものだ。  

 「おや、アルフレッドさん本日はお早いですね」  

 「ギルベルトとつき合っているって本当かい!?」  

 けれどその相手は、挨拶もそこそこに菊の前まで駆けよ りがしっとその肩をつかみそう問いつめてくる。  

 その言葉に、ざっとアーサーは顔を青ざめさせた。何しろそれこそがアーサーが菊に問いつめたいことだったからだ。  

 「また・・・情報が早いですね」  

 昨日の今日の話題を、まさかこんなに早くされるだなんて思っていなかった。  

 自分も誰かに話したつもりはないし、彼だってそうそう言い触らすたちではないだろうに。  

 どこで誰が聞いているか分からないと言うことだろうか。  

 「昨日、情報が回ってきたんだぞ!」  

 「え?」  

 情報が、回って?  

 「一体どこから・・・」  

 わざわざ、こんな小さな話題を回すような奇特な人がいるだなんて。はて?と首を傾げた菊の疑問を解消するように、アルフレッドが口を開く。  

 「どこって、アーサ・・アウチっ!!」  

 がつん!と鈍い音がして、アルフレッドがその場にしゃがみ込んだ。  

 「なにするんだい!アーサーっ!!」  

 碧眼に透明な滴が浮かんでいる。  

 どうやら、アーサーの隙なく磨かれた革靴がアルフレッドのすねにクリティカルヒットようだ。  

 いわゆる弁慶の泣き所である。世界屈指の大国であっても、身悶えずにはいられないらしい。  

 「お前の足下に、でっかい蚊がいたんだよ」  

 容赦のない攻撃を加えたにしてはしれっとした顔でそういうアーサーの顔には、悪気のかけらも見あたらない。  

 「いや、俺もある筋から聞いたんだが」  

 真っ赤な嘘を吐く様からも、罪悪感のかけらも見あたらない。  

 筋がね入りである。  

 「本田が、ギルベルトと・・・その・・つ、付き合い出した・・・とか・・・」  

 途切れ途切れにそう訪ねる様からは明らかに否定してほしいとにじみ出ているのだが、それに反して菊から返ってきた言葉はあっさりとしたものだった。  

 「はい。昨日からおつき合いさせていただいています」  

 「ギ、ギルベルトに脅されたのか!?そうなんだなっ!?」  

 「菊!流されやすいのは知っているけど、そんなことにまで流されなくてもいいだろうっ!」  

 ひどい言いぐさである。  

 が、そんな2人の様子に慣れっこな菊は顔色一つ変えずに首を振った。  

 「いえ。私からお願いしたんです」  

 「・・・・えっ?」  

 2人の絶句が重なる。それに追い打ちをかけるように、菊の口からは言葉が紡がれて。  

 「私とおつき合いしていただけませんか?と」  

 少し恥じらうようにほんのり笑う菊に、びきりと瞬間冷却で凍ったかのように固まった。  

 「認めないんだぞっ!!」  

 「おまっ・・なんでギル・・・いやっ!あいつはやめとけっ!」  

 解凍が終了した目の前の兄弟からの言葉に、菊は困ったように眉尻を下げる。  

 「・・・ご心配なのは重々承知しているのですが、私もいい年ですのでこのことでご迷惑はおかけしません」  

 きっぱりと言い切った菊の言葉に、え?と疑問符が浮かぶ。  

 「こういった特別な間柄になることはやはり国を背負っている身としては軽々しく行い事ではないとは思うのですが、あの方は今はもうあまり表舞台に立っていらっしゃいませんし、仕事とプライベートを混同するような方ではありませんよ。もちろん私も、国交の面でそういった関係をたてにしたり彼の国をそのような理由で養護するつもりもありませんので」  

 若干ずれた返答に、菊は気づいていない。  

 言いたいことはそこではないというのは傍目にも明らかであるのだが。  

 「それでも、いけないでしょうか・・」  

 「いや、そういうことじゃなくて・・・だな」  

 「そうなんだぞ!だいたい、あのジャガイモ兄のどこがいいんだいっ!」  

 「素敵な方ですよ?ギルベルトさん」  

 当然のように反論する菊の常にない様子に、絶句する。  

 「では、会議の準備が少々ありますのでお先に失礼しますね」  

 話が終わったと思ったのか、ぺこりと頭を下げ去っていく小さな後ろ姿を見ながら伸ばした手の行き場を2人は失うのだった。

 

 

 

 

   

 控え室に向かう道を淡々と歩きながら、菊は終わったら彼に連絡でもしてみようかと思う。  

 次の約束は何もしていないしと、珍しく積極的な自分に菊は思わず苦笑した。  

 全く、現金なものだ。  

 扉を開ければ、そこにはまだ誰もいなかった。一番乗りは、なんだか気分が良くて菊が好きなことの一つだ。  

 「そういえば今日は、ルートヴィヒさんが遅いですねぇ・・・」  

 いつも、自分と同じくらい早い時間に現れる彼の姿を思い浮かべる。  

 ふと見上げた窓の外には、世界を覆い始めた混沌とした愛憎劇を余所に青いさわやかな空が広がっていた。