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そんなことはないと、分かっているのに。
時折、愚鈍な妄想に囚われることがある。
誰も私のことなど見てはくれない。
私など、何の価値もない存在だと。親しげに笑いあう彼らの中にいて、ふと降りてくる疎外感。
随分、子供じみた妄想だ。かまってもらいたい、幼子の俄然ないわがままのようなものだ。
私のことを、友だといってくれる人がいる。私のことを認めてくれている人がいる。それは分かっているはずなのに。
その言葉が、嘘だとは思わない。
けれど、それを信じることができないのは、きっと私の心の弱さ。
私の価値を知っている私の心が、それを否定する。
言葉に出さないだけで、渦巻く欲求。
それが、心の奥へと沈殿していく。そんな思いを抱く自分と、そう思わせる世界に絶望しながら。
いつまでも抜け出せないループは、ただただ時が過ぎるのを待つしかない。
じっと、声を立てず。誰にも気付かせず。
冷たく凍える闇の中に身を置くように。
そうして、痛みに耐える。
完璧な笑みをたたえたまま。
私の作り笑いは、自分でも正否が付かないほど完璧に作りこまれてしまっている。
だから、私の張り付いたこの仮面が仮面と知りつつも、その下に隠されたものを見つけることはできないのだろう。
誰も私に気付かない。この奥の、薄汚れた思いには。
「菊・・・なんか、落ち込んでる?」
「えっ・・・?」
腰をかがめて顔を覗き込んできたヘラクレスが、心配そうに眉を下げて菊の瞳を見つめている。
「どうして、ですか?」
その言葉に戸惑いながらも、菊は先ほどと変わらぬ笑みを浮かべた。
「なんか・・いつもと違って変だったから」
長く生きてきてもまだ精進が足りないなと思う。考えていることが、顔に出てしまったんだろうか。
「そんなに、変な顔してました?」
冗談のように笑顔でそういえば、眉間のしわを寄せたまま首を振られた。
「ううん。顔はいつもと同じ。可愛い顔で笑ってた。でもなんか、雰囲気が変」
やっぱり侮れない相手だ、と菊は内心で感心していた。孫ほども年が離れているはずのこののんびり屋の青年は、意外なところで勘が鋭い。
雰囲気だなんて、きっと他の人では分からぬほどの違いなのだろう。それを隠せるほどには、自分の外面を取り繕う力には自信がある。それを、こういともあっさり見抜いてしまうのだから年の功など意味を持たないのかも知れない。
きっと・・・ごまかすことは簡単だったと思う。
知られたくない胸のうちの片鱗を悟られるだなんて、失態もいいところだ。
何も気付かれないようになかったことにして、自分の心に硬い城壁を立てて閉じこもるなんてことができなかったわけはない。
けれど、
「少し・・・疲れているのかもしれません」
何でもありません。という気にはなれなかった。そう言うことも出来たはずなのに、彼の前では不誠実になりたくはない気持ちが働く。
「菊は・・働きすぎ」
「そうでしょうか?」
大勢の相手に言われた言葉のはずなのに。
「そう。間違いない」
真剣な顔で言われて、ふんわりと心が温かくなった。
「では、少しだけ甘えさせてもらいたいのですが」
だから、そんな言葉が出てきたのも、きっと彼のせい。
こくりと、大きな姿で頷くのが微笑ましく思える。
「手を。つないでいただいてもよろしいですか?」
「て?」
「はい。手を」
「それだけで、いいの?」
わずか不満そうなヘラクレスに菊が見せたのは、太陽の光に花がほころぶような笑顔。
「はい」
「うん、じゃあ菊がそういうのなら」
本当は、もっと色々してあげたいけど。という言葉に何が含まれているかは、申し訳ないけれども気付かないことにした。
そっと、自分よりも一回り大きな手が差し出される。その上に、菊は自らの手を重ねた。
暖かい。人ではないけれども、確かに生きている暖かさ。きっとこれは、彼の心の温度だ。
「暖かいです」
にこりと笑いと、視線の先にあった柔らかな色をたたえた瞳が同じように和らいだ。
「うん・・・菊もあったかい」
ぎゅっと、どちらともなく繋いだ手に力を込める。
世界で一人ではない証に、ぬくもりを少しだけ。