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届けられたのは、彼の国らしい繊細と優美が混在する飾りで彩られた一通の手紙。文面を読めば、お手本の様に格式張った内容のフランス語がそこに書かれていた。彼はフランス語ができないから、おそらくは代筆だろう。
最後の署名だけは日本語で、それだけは当人の手によるもののようだ。
高官からの手を介されて届けられたそれに、少しだけため息がでた。
これが今日自分の手に渡ると言うことは、彼自身はここには来ないと言うことだからだ。
分かっていたことではあったが、少しくらい期待してもいいだろうに。
7月14日。今日はこれから、目の回るような忙しさがまっていることだろう。華やかなことは嫌いじゃない。航空隊の演技も、花火も楽しみにしている。今年のツール・ド・フランスも盛況のうちに終わるだろう。
けれども。
恋は人を愚かにする。
人ではない自身ではあるが、愚かだと思うことに変わりはなかった。
会えるかもしれない機会が一度でも減ることは、自分を憂鬱にさせるには十分だ。
彼の国と自国では、それほどの交流がないことは重々承知していたのだけれども。
小さな体躯を思い描く。
細い体からは、近づけば彼の国独特の匂いがした。香りの元をわけてもらったことはあったが、結局1度使ったっきりしまってある。
どうやってみても、似てはいるが彼の匂いにならなくて余計むなしくなったからだ。
同じ匂いをかげば、少しでも彼と共にいられるような気になるかもしれないなんて、そんな考えは彼の国の少女マンガにでてきそうだ。
何にしろ、彼は今日ここには来られない。会えないことを感じながら、今日も1日を過ごすしかないのだろう。
書簡をテーブルの上に投げ、上着を羽織る。
きっと、会場の貴賓席には見たくもない隣の島国がいるのだろう。
腐れ縁の付き合いになっている彼をからかいながら、鬱憤を晴らす自分を思う。
そんな己に苦笑しながら、見慣れた外へのドアを開けた。
「よう、クソ髭。相変わらずしけた顔してんな」
まるで、来たくもなかったとでもいうような不機嫌な顔をしてこちらに手を上げた金髪の島国を出迎える。
「わざわざドーバー海峡を渡ってきての台詞がそれかよ」
思わず深い深いため息が出た。分かっていたことだが、やっぱりこうなのか。
別に、こんな晴れやかな日にこんな気分になりたいわけではいのに。
ならば遠慮なく八つ当たりさせてもらおうと口を開いた自分よりも先に、相手のほうが先に言葉を発した。
「ところで・・だな」
そわそわと、どことなく落ちつかなさげの様子で辺りをうかがう相手はまるで例の彼を目の前にしたときのようだった。
その相手は、今日ここには来ないことは確定しているけれども。
「あいつ・・・来てるのか」
「あいつって、誰よ」
付き合いは長いものの、言いたいことを即座に理解できるほど深い付き合いはしていない。首をかしげてそう問えば、こちらを攻めるかのように特徴的な眉毛が釣り上がった。
「だから・・・っ!」
顔を真っ赤にした目の前の相手の口から出た名前に、思考が止まる。
だってそれは、ここにいないはずの彼の名前。
「・・・・え?」
「さっき!ここに着く前に車内から見かけたんだよ!人ごみの中にいたけど、俺があいつを間違えるわけないだろ!」
思わず外へと駆け出す。
叫ぶような声が、後ろから追いかけてきたけれども聞いている場合ではない。
間もなく式典が始まる。自分を引き止める官僚の声が聞こえたが、構っていられなかった。
建物の周りには、今か今かと待ちわびる国民や観光客の姿で埋め尽くされていて。数メートル先でさえも、まともに見ることすら出来ない。その様々な人種の波の中、黒髪を捜す。
けれども・・・
脳裏に住み付いた彼の姿はどこにもなかった。
はっ。と自嘲が漏れる。
いた・・のかもしれない。あいつが、彼のことを見間違えるはずかない。
いたのだろう。彼は。
遠い遠いあの地から、はるかこの場所へ。
何故・・・こんな日に。
誰にも、俺にも告げず。この場に彼が来た。
ひっそりと、彼は・・・・。
あぁ・・
惑わさないでくれ。これ以上。
期待してしまう。
期待していいのかと思ってしまうじゃないか。
真意が見えない穏やかな笑みのように、謎めいた行動が心をかき乱す。
さらに苦しくなった胸を掴み、俺は晴れ上がった青空を仰いだ。