「いただきまーすっ!」
目の前に並んだフランシスの料理は、相変わらずおいしそうな色合いでテーブルの上にならんでいた。
菊は手伝うことを笑顔のフランシスに禁止され、台所で動くフランシスの姿をリビングでちらちらと見ながら、菊はなんとはなしにくすぐったい気持ちになっていた。
最近では、この時間にゆっくりすることなんかなかった。
食事をつくって家事をして、子供たちの面倒をみてを繰り返していると菊の1日は何時の間にか終わってしまう。だから、昼の数時間と夜の数時間を除けばほとんどが動いているようなものだ。特に、この夕飯の時間はどうしても忙しくなる。
くすりと、菊は思わず笑みを浮かべる。
どうも、自分は彼らと過ごすうちに動くことが当たり前になっていたらしい。少し前までの自分からすれば、思ってもみなかった変化だろう。
そうして出来上がった料理を前にはしゃぐ子供たちを、フランシスがたしなめる。
「まーて、今日は菊のために作ったんだから。お前らじゃなくて菊が先に食べるの」
「いいですよ、子供たちがさきで」
えーっ!と文句を言うアルフレッドに笑みを浮かべながら、菊はフランシスへと告げるがフランシスは首を横に振るだけだ。
「いーのいーのっ!今日は菊のために作ったんだから。菊のためのポトフ、食べてくれないの?」
わざとらしくも、けれども逆らえない悲しそうな顔に菊は相変わらずずるいと思う。そんな顔されては、断れないではないか。
「じゃあ・・・」
苦笑しながら、菊はスプーンを手に取った。
スプーンですくったスープは、ゆらゆらと黄金色の表面が揺れている。
久しぶりのフランシスの料理だ。ゆっくりこぼさないように、菊はスープを口に運んだ。
「・・・・・」
「どう?」
じっとこちらを見つめていたフランシスに、菊は料理から顔をあげ、
「もちろん、おいしいですよ」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
「アーサーもアルフレッドも、食べていいぞ」
穏やかな夕食の時間が、はじまるはずだった。なのに、
「ファニーっ!これ、味がしないんだぞっ!」
スープに口をつけたアルフレッドが、べーっと舌をだす。
「・・・・まずい」
続いて口をつけていたアーサーも、そう言ってスプーンを置いた。
(・・・・え?)
菊が思わず、子供たちの顔を見る。もちろんそこに、嘘はない。
「あぁ、味付けをし忘れたかな」
子供たちの反応に慌てることなく、フランシスはさらりとそう言った。
(忘れ・・・た?)
「悪いな、作り直してくる」
菊の隣で、フランシスが立ち上がる。
味付けを、忘れたなんて・・・そんなこと。
「もうちょっと待っててくれるか?」
4人分のスープ皿をフランシスは台所へと運んでいく。
いつもならば、手伝うために席を立つ菊が、何もできなかった。下げられた皿のあった場所をただ青い顔で見つめるしかなくて・・・
アーサーとアルフレッドは、おなかを空かせて二人でフランシスに文句を言っている。台所の方では、フランシスが再度スープに火を入れている音がした。
膝の上にそろえた菊の手が、僅かに震えている。けれども、それを小さな子供たちに悟られないように、菊はぐっとそれを握り締めた。
「お待たせ」
しばらくして戻ってきたフランシスが、菊の前にスープの皿を置く。
ぴくりと菊の肩が揺れる。顔を上げることは出来なかったが、隣に立つフランシスにはそれが分かっただろう。
運ばれてきたスープは、先ほどとは何も変らないように見えた。見た目だけは。
「うまいか?」
「おいしい!」
フランシスの言葉に、アルフレッドが顔を輝かせる。アーサーも、久しぶりのフランシスの料理にこくこくと素直に頷いた。
「菊もせっかくだから食べてよ」
フランシスの声はいつも通りで、それが今は苦しかった。
金色のスープ。
菊が、好きだったもの。フランシスが作ってくれた、菊の大好きだったもの・・・・
「は・・・い」
それに口をつけながら、菊はどうしてもフランシスの方を見ることができなかった。