ふわふわのオムレツにとろとろのチーズ。

 香草をまぶした鶏肉のこんがり焼けた皮の表面。

 ホクホクとした新じゃがを使った肉じゃが。

 ダシの効いたしじみのお味噌汁。

 油ののった焼きシャケ。

 お米がたった白米。

 

 

 私が、大好きだったもの。

 

 

   

   

 子供たちは隣の部屋で今日もおとなしく遊んでいる。おとなしく、とはいえ楽しそうな声は廊下を通じて菊の耳にも聞こえてくる。アーサーは電車の、アルフレッドは飛行機のおもちゃを遊園地で買ってもらって以来、それらに夢中だ。  

 アルフレッドも、だが、最近はアーサーも菊に対して感情を見せるようになってきたと思う。まだ、わがままを言われるレベルではないが、菊にしてみればそれもありなのかもしれないと想像すれば楽しさが増した。  

 変化は確実に。けれども、追い立てるほどではなく。  

 先日遊園地で会ったギルベルトからは、今も催促のメールが届く。この分だと、いつか突然家に押しかけてこられるかもしれない。  

 今はまだ、あまり騒がしいことはしたくないのだが、彼に言ったところで無駄だろうなとも思う。それに多分、あれが彼なりの慰めなのだ。  

 そうおもえば、自然と笑みも浮かんでくる。少し前は・・・そんな彼の気遣いさえ辛く、笑うことなんかできなかったのに。  

 混ぜていたドレッシングのボールに指をつけ、舌で舐め取る。  

 (あぁ・・・)  

 そして菊は、大きくため息をついた。  

 私はまだ、完璧ではないけれども。  

 それでも、もういいとも思う。笑うことができなかった自分が、笑うことができるようになった。それだけで、じゅうぶんじゃないか。  

 いつものように出来上がったドレッシングをガラスの器に入れ、トマトをくし型に切る。  

 (今日も、おいしくできていますように)  

 そんなことだけを、思いながら。

 

 

   

 今日の夕飯は、フランシスも一緒だった。

 早く帰ってこられるときは、フランシスは積極的に家に帰りアーサーやアルフレッドと共に食事を取ろうとする。どれだけ、忙しい時でもだ。

 それは彼があの2人を大切に思っている証だと、菊は思っている。  

 「うん。相変わらず菊のご飯はおいしかったよ」  

 菊の家のリビングで食後のコーヒーを飲みながら、満足したようにフランシスが笑う。  

 子供たちはどこかもう眠そうで、アルフレッドなどはアーサーにもたれかかって斜めに傾いてしまっていた。  

 「そうですか?」  

 ありがとうございます、と菊はその言葉に目元をゆるませた。  

 アルフレッドをアーサーから離し畳の上に寝かせる。また後で起こさなければいけないが、今はまだいいだろう。くたぁと力を失った体を、菊は優しく数度なでた。  

 「明日は、俺が夕飯つくるよ」  

 早く帰ってこれるからさ。と唐突にそんなことを言うフランシスに菊は顔を上げた。  

 最近、フランシスの帰りは早い。先日のように、なんとか休みもとれるようになった。どうやら、抱えていた案件が落ち着いたかららしいがそれでも忙しいことは変わらないだろう。  

 「好きだったろ?俺の作る鶏肉のポトフ」  

 好きだった。  

 「でも・・・」  

 フランシスの言葉に、菊は少しだけ眉をひそめる。  

 「フランシスさん、お仕事で疲れて帰ってくるのに・・・」  

 「今更遠慮する間柄か?」  

 それに、軽い口調でフランシスはぱちんとウインクを投げれば菊の表情がふわりとゆるんだ。  

 「あいつらがいつも世話になってる礼には、到底足りないけどな。来てくれるだろ?」  

 そういったフランシスに、菊は今度こそ「はい」と頷いた。