「リフジンだ」
目の前に置かれたポテトを摘みながら、不機嫌そのものの顔で本来の姿に戻ったギルベルトが唇を尖らしながらそうのたまった。
「なんで俺様が怒られなきゃなんねーんだ」
遊園地特有の安っぽいフライドポテトに、ギルベルトは眉をしかめながらもしかし口には運んでいく。
客にドロップキックを食らわせた遊園地の人気キャラクターの姿では、当然ながらもない。
「それ相応のことをしたでしょう」
クビにならなかったのは、むしろ奇跡ではないかと菊は思う。
就業中にも関わらず、あんなに目立つことをしでかましてくれたギルベルトは、当然のように他の従業員に連れられ裏まで連行されていき、ことの顛末を知った上司からこってりしぼられたらしい。
成り行きを知っている菊のとりなしと、ギルベルトと蹴りをかまされたフランシスが知り合いであったことと、本日が人っ気が少なかったことで厳重注意だけで済んだがそれもラッキーな事態だ。
本人は一つも反省しているそぶりはないが。
「まー、俺様は心が広いから今回の件についてはちゃらにしてやるよ」
まるで俺様寛大。さぁ褒めろ、と言わんばかりのギルベルトに、菊は思わずつきそうになったため息を飲み込んだ。
どれだけ時間を置こうが、彼は彼なのだと確信をして。
寛大なのは、蹴りをかまされても悪友をかばうフランシスの方だと思うのだが彼は彼で苦笑してギルベルトの様子を見守っている。
付き合いが長い分、諦めているのだろか。
「そりゃあ、どうも」
苦笑しながらギルベルトに向ってそんな事を言う。
本当に同い年なのかなぁと菊が思ってしまうのも無理はないだろう。だが、それが事実なのが現実だと今度は菊はため息を飲み込むことなく吐き出した。
騒動のせいで早上がりさせられたらしいギルベルトと共に園内のフードコートで遅めの昼食をとりながら、菊は今の信じられない現状を改めて見返す。
まさか、こんなところでこんなメンバーで昼食を取ることになるとは思わなかった。
最初はギルベルトの唐突なキックに驚いていたアルフレッドは、何故か彼に懐いている。自由奔放なところが、どこか通じるものがあるのだろうか。・・・・アルフレッドが真似をしないように気をつけなければ。
アーサーに関しては、相変わらず他人に対して警戒を解いていない。ギルベルトに興味を示すアルフレッドに対し、まるで手綱を引くようにアルフレッドとギルベルトの距離を測っているのがどこか微笑ましかった。
アルフレッドが興奮してギルベルトに話しかけ、ギルベルトは頭がもげるのではないかという勢いでアルフレッドの頭を撫でる。
それに一々アーサーが反応し、それに対し楽しそうにギルベルトも応戦をする。
今日会ったばかりとは思えない馴染みっぷりだ。
このあたりの才能は、さすがだとしか言えないだろう。
散々2人を構い倒し、満足したのか顔を上げたギルベルトは、しかし子供たちに向けたものとは違う視線をフランシスに向ける。
「本当はもう一発くらい殴ってやりたいけどな」
事情を掻い摘んで話せば、ギルベルトは一応の納得を見たらしい。だが、最終的に納得はしていないらしいというのが今の発言でも明白だ。
「お前にも言いたいことは色々あるけどな」
とじっとり向けられた視線に、菊はあからさまに顔を逸らした。
今回の件に関して、確かにあの当時菊を心配してくれていたギルベルトに先に話をしておくべきだったというのは分かる。けれども、菊にしてみれば自分はまだ引きこもっているつもりでいたのだから連絡が遅れたのは仕方ないことにしてもらいたい。
・・・もちろん後々散々言われることではあるだろうけれども。
とりあえずは許してやる、とギルベルトは言う。
そして、
「いい顔してるからな」
向けられた瞳には、彼が普段決して見せない優しい光があった。
意外なギルベルトの反応に、ぱちぱち、と菊は真っ黒な瞳を瞬かせる。
「・・・・そう、ですか?」
「おう」
簡潔な答えに、ギルベルトの分かりづらい優しさが見えた。
「悪くはないんだろ」
ギルベルトが視線を落とした先には、ハンバーガーにかぶりつく小さな存在が2つ。
色んなところに雑に見えて、しかししっかり彼には色々なものがみえている。
最初は、押し付けられたものだった。急に表れて、まぁいいやなんてどうでもいい気持ちで引き受けて、でも・・・
「そうですね」
ふわりと、菊は笑みを浮かべる。
かなわないなぁ、と菊は思う。本当に、こんなところまで相変わらずだ。
「きくーっ」
そんな菊にギルベルトが何か言おうと口を開いた瞬間、アルフレッドが菊の名前を呼んだ。
「はい?」
菊の視線が、ギルベルトからアルフレッドへと向う。
「それおいしい?」
アルフレッドの視線の先には、菊の手にあるフィッシュバーガー。どうやら自分の分を食べ終えてしまっていたらしいアルフレッドは、次に菊の手の中の物に目をつけたらしい。
「食べてみますか?」
ギルベルトとの会話を中断させ、菊はアルフレッドへと向う。
「うん!」
ぱぁっと顔をほころばせたアルフレッドに、菊は一口だけ口をつけたハンバーガーを渡す。
それにかぶりつく小さな口を見ながら、菊はアルフレッドに向って微笑んだ。
「おいしいですか?」
「うんっ!おいしい!」
反応は上場だ。
「アーサーも食べますか?」
ふと視線を横に向ければ、同じく食べ終わったらしいアーサーと目が合った。
「・・・・うん」
聞けば、僅かな逡巡のあと小さく首が縦に振られる。
「おいしいですか?」
「・・・おいしい」
「そうですか、よかったです」
ほっと、菊は頬を緩めた。
何故かその様子をじっと見つめるギルベルトに気付かないまま。
テーブルに乗ったすべてのジャンクフードを食べ終え、菊はさてと席を立つ。
「片付けてきますね」
そう言って菊が空の容器を集めはじめると、最後のジュースを飲み込んだアーサーが慌てたように頬を紅潮させながら口を開いた。
「てつだう!」
菊に続くように、ぴょこんと椅子から飛び降りる。
ぱちぱちと、菊はそれを思わず見つめていた。菊の様子を伺うように、緑色の瞳がこちらを見上げている。
そして、菊が何か言うよりも早く、
「ぼくもーっ!」
それに習うように、アルフレッドも椅子から降りた。
じっと見上げる2つの小さな存在。
正直、これくらいならば菊一人のほうが早く片付けは出来る。けれども・・・
「お願い、できますか?」
二人に向ってそう言えば、どこか誇らしげに小さな2つの顔に笑顔が浮かび大きく頷いた。
その笑顔に、きゅうと、胸が締め付けられる。
(あぁ・・・・)
色々ありはしたけれども、きてよかった。
それが、菊の胸にじんわりと暖かなぬくもりを落とす。
こんな気分になったのは、いつぶりだろうか。こんなにも、心が動くだなんて。そうだ、これが・・・と。菊は思う。心が、動くというものなのだったのだ、と。
片づけをする3人の姿が少しばかり離れたときだった。
むつまじい様子に、フランシスは頬をゆるめながらそれを眺める。
(いい顔、か)
ギルベルトの言葉は、フランシスにとっても救いのような言葉だった。すべてが自分のせいだなんて思うほど、フランシスは自己犠牲の精神が強いわけではないし、菊のすべてを背負えるだなんてそんな気持ちを持つ権利は自分にはない。
けれども、フェリシアーノから聞いた菊の様子に自分が何かをしなければいけないと感じた思いは贖罪に近かっただろう。
だから、不意打ちで菊の隣へと越すことを決めた。
もちろん、アーサーとアルフレッドのことを思ってというのは本当だ。
けど・・・・
(どうなることかと、思ったけど)
久しぶりに菊の家のドアを開いた時に見た菊の表情が、格段に変ってきたことはフランシスももちろん気付いていた。けれども、他の人間に言われるのでは意味合いが違う。
(よかった)と、フランシスは目を細めた。
こうやって、ゆっくりゆっくり、すべてが元通りになんてことは決してできないことなのだけれども、それでも・・・
「フランシス」
ふと、思考から引き釣り出される。
耳に届いたのは、先ほどとはトーンの違ったギルベルトの声。
「ん?」
それにどこかひっかかりを感じながらも、フランシスはギルベルトへと顔を向ける。
こんな静かな悪友の声を聞くのはいつ振りだろうと思いながら。
「菊の病気、治ったのか?」
「は?」
そして、彼の口から出た言葉にフランシスは一瞬意味を取り損ねた。
「病気?」
自然と、フランシスの声のトーンも落ちる。
「何の、話だ?」
眉をひそめるフランシスに、ギルベルトはなんともいえないような顔をした。まるでそれが、やっぱり・・と言っているような気がしてフランシスはギルベルトに向って身を乗り出す。
どういうことなんだ?菊が?病気?そんな話なんか聞いたことがないし、そんなそぶりも見たことがないのに。
ギルベルトの口が一瞬開き、そしてまた閉じる。
まるで、何かをためらうように。
「おい、ギルベルト!」
詰め寄ろうとしたフランシスの背後から、はしゃいだアルフレッドの声が近づいてきた。
はっと、2人の空気が止まる。
「後で話す」
その言葉でフランシスの追及を押しとどめ、ギルベルトは3人に向って席を立った。ガキ大将がそのまま大人になったような笑みを満面に浮かべ、菊の手伝いをした2人を褒めるように金色の髪の毛をかき回す。
抵抗するような仕草を見せるが、本心では嫌がっていないアーサーと、褒められて誇らしげなアルフレッド。
そしてそれを見つめる、かすかな微笑を浮かべた菊。
その姿を、フランシスは何故か立ち上がることも出来ず、ただじっと見つめていた。