人のことは言えないが、平日のこの真昼間にみんな結構来るものなのだなぁと菊は目の間の光景を見ながらぼんやりとそんな事を考えていた。  

 天気のいい週の中日、もちろん祝日でもなんでもない平日と呼ばれる日である。  

 昼を過ぎた辺りの真昼間。  

 一般の人たちは会社に行ったり学校に行ったりしているはず時間、明るい日の下で、菊はぼんやりとベンチに座り遊園地と呼ばれる区域の中でこてんと首をかしげる。  

 (いても、主婦と子供くらいだと思ってましたが・・・)  

 にもかかわらず、大学生ぐらいの集団や家族連れなどが園内にはちらほらを見えた。遊具も何もかも最新のものとはいえない、地域に根付いた少し寂れた遊園地。  

 もちろん、週末に比べれば格段に少ないに違いない。けれども、きっとこんな時に来るのは自分たちくらいだろうと思っていた菊にしてみれば他の客がいることが不思議な光景だと思えて仕方がなかった。  

 (あぁ、でも)  

 飲食店や、サービス業の人なんかは平日の方が休みやすいのかもしれない。もしくは、自分のような自由業。執筆業以外の自由業というものに菊はあまり縁がないが、同じように仕事時間を選んで働ける職種などいっぱいあるのだろう。  

 それに、と菊は思う。  

 (フランシスさんみたいに、休んできている人だっているでしょうし)  

 と、金色の髪の友人を思い少しだけため息をついた。本当に、相変わらずそつがない。  

 本来ならば、今日はフランシスは休日ではない。  

 なのに、子供たちの希望を伝えた菊に数日後告げられた日程は平日の今日という日だった。  

 「だって、混んでない時の方がいいでしょ?」と何でもないことのようにいうフランシスに菊は申し訳ない気持ちになった。

 遊園地に行くためにわざわざ休暇を申請したフランシスの気遣いが、誰のためのものかなんて菊に分からないはずがない。  

 明らかに、菊のためだ。  

 人ごみが嫌いなのは元からだったが、しかしここ最近の引きこもりでそれが顕著になってきている。それをフランシスは悟ったのだ。  

 困ったように眉を寄せる菊に、フランシスはぽんぽんと軽く頭を叩いてにっこりと笑った。「楽しみだな」と。  

 菊に気を使わせないように、そのことが菊の重荷にならないように。  

 (・・・・本当に)  

 適わないなと思う。  

 だから、せめて菊はあの2人の子供に楽しんでもらわなければとはりきってきたのだが・・・  

 (私がそんな心配する必要なんか、なかったみたいですけどね)  

 家にいるときの日ではないはしゃぎっぷりに、ついていくのがやっとな状態にされてしまっているのだから本当に不甲斐ない。けれど、走り回るアルフレッドにいつもより落ち着きのないアーサーの相手は大変ではあるが悪い気分ではなかったから。  

 (あの2人が楽しければ、それでいい)  

 遊園地なんて、また来ることがあるとは思わなかった。  

 悪くはない、だなんて。そんなことをもう一度思うときが来るとは思わなかった。  

 (あぁ・・・・)  

 ぽかぽかと、今日は天気がいい。このまま寝てしまいたいとも思うが、さすがに自宅でもないこんな公共の場所でそんなことができるとは思えなかった。・・・・芝生でもあれば別であるが。  

 (なかったですかね。芝生・・・)  

 あったら寝るのか、ともしフランシス辺りが菊の思考をよんだら突っ込むであろうが、今ここにはフランシスはいない。  

 フランシスどころか、共に来たアーサーとアルフレッドもいない。  

 ひとりぽつんと、菊は遊園地のベンチで座っているところだった。  

 (だって・・・)  

 と言い訳のように菊は思う。  

 (苦手なんですよね、あれ)  

 あの子供たちに楽しんでもらいたいと思っているのは菊の本音だ。だから、そのためには菊だってなんでもしてあげたいと思っている。  

 けれども・・・それでも、どうしてもだめなものはだめなのだ。  

 むしろ、トラウマというのに近いかもしれない。普通に乗っているだけならば問題はないのだ。ないはずなのだが・・・・と、遠くに見えたファンシーな色の乗り物たちを菊は横目で見ながらはぁとため息をついた。  

 近くで見ているのも辛いから、少し離れたところにベンチがあってよかったと本気で思う。  

 パステルカラーに花や植物や小鳥が描かれた半円形の乗り物。  

 コーヒーカップという悪魔の遊具に、菊はもう二度と乗らないの誓っていたのだ。  

 (それもこれも、あの人が・・・っ!)  

 もともと、菊はそれほどコーヒーカップが嫌いではなかった。もちろん回せば気持ちが悪くなるが、本来の回転くらいならば気持ちが悪くなる事はない。いや・・・悪くなることはなかったのだ。・・・・あの時までは。  

 (今思い出しても、本当に腹立たしいです)  

 脳裏に浮かんだ、友人とも呼びがたい存在に再度悪態をつきたくなって菊は想像の彼を記憶の奥底に押しやった。  

 あの男が、菊をコーヒーカップに乗せ、最大までぐるぐると回したあの忌まわしい出来事から今まで、菊はコーヒーカップに乗るどころか見るだけでも吐き気を催すという症状を抱えていたのだ。  

 別に乗りたいわけではなかったが、一緒に行けないといったときの悲しそうなアーサーとアルフレッドの顔を思い出すとなんとも申し訳ない気持ちになった。  

 特徴的な髪の色と瞳の色を持つ友人のせいで・・・っ!  

 (それもこれも、全部あの銀髪が・・・っ!)  

 ぐっと過去を思い出しこぶしを握った菊の前に、ひとつの大きな影ができた。  

 はっと、顔を上げる。少し早い気がするが、あの3人が返ってきたのかと思って。なのに。  

 「・・・・・・え?」  

 黄色の物体が、そこにいた。  

 「・・・・・・・・あの?」  

 その姿を、菊は知っていた。というよりも、ここを利用しているものならばきっとほとんどのものが知っているだろう。  

 この遊園地のメインキャラクター。とらまるくん。  

 客の少ない平日にも律儀にファンサービスに表れた彼の姿を、先ほど菊も遠くで見かけてはいた。アルフレッドとアーサーが乗り物に乗るのに夢中で、それどころではなかったから近づきはしなかったけれども。  

 それにしれも、である。  

 こうして黙って目の前に立たれると怖いものがあると思うのは、大人の感性だろうか。  

 なんだろうと首をかしげる菊に、そのぬいぐるみの手が伸ばされる。  

 そして、  

 「・・・・え?」  

 ぽんぽんと、頭を叩かれた。  

 「え・・・・あの?」  

 意味が分からない。  

 (・・・なんだろう)  

 サービスの一貫化何かでやっているのだろうが、こんなことは小さな子供に対してすればいいのに。  

 そう思いながらも、まぁ善意だからと菊は曖昧な笑みを浮かべてその『彼』を見返す。  

 ぽんぽんぽんぽんっ!  

 何故だか、先ほどよりも強く頭を叩かれた。  

 「・・・っ!」  

 正直、少々衝撃が強すぎる。柔らかいぬいぐるみの手だからいいようなものの、これが人の手だったら少々痛いのではないだろうか。  

 子供にやったら、きっと泣く。  

 あの・・・、と声をかけようとした菊の頭をまた叩かれてさすがに菊もこれはなにかおかしいと思い始めてきた。  

 「いた・・・たた・・っ!」  というか、少々どころではなく痛い。  

 むしろ、怒ってるかのような・・・  

 しかし、見ず知らずのキャラクターを怒らせるような真似をした覚えは菊にはない。  

 (な・・・・なんですか!?この人・・・!?)  

 さすがに怖くなり、視線だけでフランシスを探す。けれども、まだ乗り物から降りてこないのか目立つはずの3つの金色はなくて・・・。  

 (どうしよう・・・)  

 とりあえず逃げなければ、と腰を上げかけた菊にその『着ぐるみの彼』はいらだったように声を上げた。  

 「だぁーっ!もぅっ!」  

 突如上がった声に、菊はびくっと体を跳ねさせ・・・そして目を丸くした。  

 「なんで気付かねーんだお前はっ!」  

 布越しの、少し反響するくぐもった声。  

 「・・・・・・・・・・・・ギルベルトさん?」