人であれば、誕生日といわれるこの日。矢面に立つことはなくても、それでも様々な式典に連れまわされて、またこの日を迎えたのだと感慨にふける暇もない。
賓客にいつものように張り付いた笑顔で答え、祝辞を受ける。
本当にこの日に自分が生まれたのかは誰にも分からない。自分が自分であるという自我を持つようになってから随分経った後に決められたこの日ではあるが、人間とて自分の生まれた時を自分で認識している人はいないのだから変わりはないのかもしれない。
今日は、夜の会食さえ終われば家に帰れる。何とか、日付が変わる前には我が家へとたどり着きたいものだと思うけれどそれがどれほど叶うかは相手次第だ。
窓の外に広がる空は、もう夕暮れだ。冬は日が落ちるのが早い。その分、一日が短く感じてしまうことに少しだけ寂しさを覚える。
物悲しさと1日の疲れにため息をつきながら、公務のために借りている官庁内の一室へと着替えのために足を踏み入れようとした時、後ろから慣れ親しんだ声に呼び止められた。
「本田さん」
「はい?」
振り返れば、そこには少し困り顔の職員の姿。自分の身の回りの世話をしてくれるようになってまだ1年と経たない若者ではあるが、仕事の実直さは好ましいものがあった。
「どうかしましたか?」
「いえ・・・本田さん宛てに、贈り物が届いているんですが・・・」
それは特別珍しいことではなかった。自分を国だと知っている相手からの生誕の贈り物は、毎年帰れるかも分からない我が家ではなく、こちらへ届くことが多い。第一、自宅の所在を知っている方がまれなのだ。おかげで彼らの仕事はそんな雑務まで含まれていて、祝われるこちらとしては喜ばなければいけないのだがその膨大な量に申し訳なく感じてしまう。
「あの・・・」
逸れた視線の先には、予想通り山のような荷物が置かれていた。これを一つ一つ検査し、最終的に我が家まで運び入れるのが彼らの仕事なのかと思うと忍びない。
けれども、その山の手前。青年の視線の先にあったものに、菊は小さく目を見開いた。
黄色い薔薇の花束。
丸くふわりとした花弁が幾重にも重なった、お菓子のような黄色。
「差出人の名前がないんですよ。花屋から届いたものですし検査もして不振なところはないんですが・・・」
「黄色い薔薇・・・」
それをしばらく見やり、菊はほんのり口元をほころばせる。そして、困惑した青年を尻目に、その花束へと近づき大事そうに抱え上げた。
「これ、本当にプレゼントですか?」
大事そうに花束を抱える菊に、不思議そうに青年が尋ねる。
「何故ですか?」
「だって、黄色い薔薇ってあんまりいい意味の花言葉聞かないんで・・・」
嫉妬、不実、薄らぐ愛。確かにそれだけではないけれど、日本でいう黄色い薔薇の花言葉はあまりいい意味では認識されていない。だから、あまり祝い事の贈り物になることはないのだけれど。
「そうですね、でも・・・」
柔らかな黄色の花弁を見ながら、菊はくすりと笑う。
「いいんですよ。これは」
あなたから私へ。私にしか分からない、素直じゃないあなたの愛。
『Arthor Bell』
あなたの名を冠した黄色い薔薇を。